この女

姿形。

001

「すみませんちょっといいですか?」


後ろから声をかけられる。絶対私に向かって言っている。私は聞こえない振りをして真っ直ぐ前を見てスタスタと歩く。


「すみませんちょっといいですか?」


また声をかけられた。今度は肩まで叩かれた。

めんどくさいと私は思いニコリと笑顔を作って振り向き「どうしましたか?」と言った。


声をかけてきたのは40代ぐらいだろうか。短い髪の穏やかそうな女だった。


「すみませんね、いきなりすみません。ちょっとお時間ありますか?」


先に用件を言え、と思ったが優しい私はつい


「ええ、ありますよ。どうなさったんですか?」

と笑顔で言ってしまっていた。


「相談があるんです。1ヶ月前からずっと、困っているのよ。私の相談に乗ってくれませんか?」


唐突だ。この女に私は今日初めて出会った。初めて会った人に普通相談に乗って貰おうとするか?何か勧誘されるんじゃなかろうか。そう考え私は目の前の女をまじまじと見てしまった。女は小さなバッグを片手に持っているだけだった。よくわからないが勧誘する人は少し大きなバッグを持っているイメージがある。そして今さら断れない。


「どこか喫茶店でも入りましょう。私が奢りますんでどうですか?どうかお願いします」


不安そうな声でそう言われた。

奢ってくれるならと思い私は「いいですよ」と言ってしまった。





「お母さん来て!お母さん!」


学校から帰宅したのだろう娘の声が廊下に響く。


「ああ、お帰り。なぁに?」

「ただいまぁ。ねぇ、玄関にプリクラ貼ってあるんだけど」


プリクラ?プリクラってあのシール?


「どれ?」


私は慌てて娘のほうに行った。確かにある。


「見てよ。なんかさ、気持ち悪くない?なんなの?なんでここに貼ってあるの?」


知らないわよ、私は言い、貼ってあるプリクラの写真をよく見てみる。中学生ぐらいだろうか?女の子と60ぐらいのおばさんが2人並んで写っていた。目があり得ないくらい大きく確かに気持ちが悪い。というかどうしてここに貼ってあるの。


「誰かのイタズラかしら?いやぁね…。葵は家に入ってなさい。お母さんが取るから」


娘は返事をして家に入っていった。

シールに爪を立てて剥がした。それも意外とあっさり剥がれた。

嫌なイタズラね。自分のシールを他人の家に貼るわけないからきっと落ちてたシールを誰かがここに貼ったんだわ。ほんといい迷惑。最低。

私はそのプリクラを両手で丸めてリビングのゴミ箱に捨てた。



「今日ねぇ、玄関の扉にプリクラのシールが貼ってあったのよ。イタズラかしら?」


「プリクラ?」


ソファーに横になってテレビを見ている旦那と目があった。


「そう。プリクラ。女の子とおばさんが写ってるのよ。プリクラ知ってる?」


旦那が体を起こし怪訝そうに答える。


「そりゃ知ってるよ。あのな、言わなかったんだけどさ2日前に俺の車にもプリクラ貼ってあったんだ。」

「…えっ。」

「女の子とおばさんが写ってたって言ってたよな。たぶん同じのだと思うよたぶん」

「2日前?」

「そうだよ。今日扉に貼ってあったんだろ?おかしいな…。同じ人間が貼ったんだろうな。ここ小学生の通学路だろ?そこの学生がやったんだよ、たぶんな」


旦那はまた体を横に倒しテレビを見る。


「また貼ってあったらどうしよ」

「そこの小学校に電話でもして注意して貰うように言えば?」


私は横目で旦那を睨み付けた。そこの生徒だってわからないでしょ。証拠なんてないんだから…私は口に出そうと思ったが止めた。家のことなのになぜ他人事のように言うのか、腹が立った。こいつといると腹が立つことが多い。


「私、もう寝るわね。電気切ってきてよ」


そう言い、立ち上がり足早に寝室に向かった。私はもうあのプリクラが貼られないように祈った。



「お母さん!おかぁさん!!」


娘に何かあったと思い私は走って娘のほうに向かった。

娘はキッチンの冷蔵庫の前に立っていた。


「これ!これ!」


娘が指をさしている。私はそこに視線を向けた。

そこにはあのプリクラの写真。それも3枚。

何、何何どうして?どうしてこれが家の中にあるの?え?なんで?


「やばっ、やばいよ!お母さん!どうするの?これ!どうするの?気持ち悪い誰なの?お母さんやったの?」


「私がやるわけないでしょ」


そうだ警察…警察に電話しないと…。誰かが家に入ってきたんだわ。きっとそうよ。お昼はこんなものなかった。



「警察?なんで俺に相談してくれなかったの」


旦那と目が合う


「だって私混乱してて、それどころじゃなかったのよ。もしかしたら犯人が部屋の中にいるかと思って…」


「警察はなんて?」

「巡回してくれるって…」

「え、それだけ?」

「それだけよ…」

「まぁそうだろうな。シール貼られたぐらいじゃなぁ」


イライラした。もちろんあの警察にもイライラする。娘にはもう警察なんか呼ばないでよっと怒られた。こんな怖い思いをしてるのに。どこの誰かもわからない人が家に入ってシールを貼ってるのよ?異常じゃないの?おかしいでしょ?そう思うのは私だけ?私だけなの?こんなことで怖がってる私は、もしかしてバカにされてるの?



シールが貼られていた。

それも私のスマホに。

なんで?どうしてこんなことをするの?訳がわからない。旦那に相談しても変な目で私を見るし、娘に言っても、もうやめてと言われた。

玄関ドアにあの少女とおばさんのプリクラのシールが貼られたその日から我が家ではいろんな所にシールが貼られるようになっていた。

私だけがこのシールを剥がし続けている。もう疲れた。引っ越したい。本当に引っ越したい。

あの日から家庭が狂った。旦那は残業だからと帰るのが遅くなった、それも毎日。

娘も学校の帰りが遅い。夜の20時頃に帰ってきてそそくさと部屋に入っていくようになった。理由を聞けば友達と勉強してるからの一点張り。


気づけば私はふらふらと外を歩いていた。雲一つない、青い空。

家にいると気が滅入る。なるべく外に出るようにして本屋や喫茶店に入り浸るようになってしまった。節約しないといけないとは思っているのに…自分に腹が立つ。

誰も相談する人がいない。家に誰かもわからない人間のシールが貼られるようになって困ってるって相談したら人はどんな顔をしてくるのだろうか。私の母は、近所のあの人はどんな反応をするだろうか。私を変な目で見るだろうか。


ふっと顔を上げると視線の先に黒髪ロングの背筋が綺麗な女性がスタスタと歩いている。

全く知らない人なら話しやすいのだろうか…。

私はよく考えもしないでその女性に声をかけてしまった。





「私の話…信じてくれますか?こんな程度で困っている私はおかしいですか?」


不安そうな声で話す目の前のこの女は狛田 愛という名前らしい。


冷めたコーヒーを飲み干しカップを置く。

私は狛田さんの目を真っ直ぐ見て


「ええ、信じます。この程度じゃないです。あなたはずっと悩み続けてたんですね?こんな私を選んで話してくださりありがとうございます」


こんな言葉でいいんだろうか?てかなんで私がお礼を言ったんだ?


「信じてくださるんですね?こんな話。ありがとう、ありがとうございます。お礼を言うのは私のほう!」


狛田さんは目を輝かせ前のめりになり私を見つめ返す。


「私、もうどうしたらいいか困ってるんです!毎日毎日あのプリクラがはられて…毎日それを剥がして…もう剥がすのも触るのも嫌なんです!とにかく気持ちが悪いんです!気が狂いそうなんです!どうか助けてください」


矢継ぎ早に話す狛田さんを見て私はもう気が狂ってるのではと思って身を少し引いた。穏やかそうに見えてこんなぐいぐい来るとは…。


「上崎さん!あなたしか頼る人がいないんです!あっ、良ければ私の家に来ますか?証拠を見せます!」


上崎と名前を呼ばれた私は沈黙してしまった。家?今から?めんどくさい!今何時…?無理無理なんだか怖い!


「えっ…と、用事があって…すみません…。れ、連絡先いいですか?」


狛田さんは目に光を失くし前のめりの姿勢を直した。ちらっと腕時計を見た


「今日はダメなんですか?そうですよね…急すぎるね…すみません…連絡勿論いいですよ!LINEでいいですよね?」


ぱぱっとスマホをいじり私にQRコードの画面を見せてきた。私も慌ててスマホを取り出しそのQRコードを読み込んだ。


「…ありがとうございます。それでいつぐらいなら家に来てくれますか…?」


狛田さんはまた前のめりの姿勢になり私を見つめる。ちょっとの静寂…私は狛田さんに恐怖を覚えてしまっていた。


「えっと…。あの、私の知り合いに…そういう不思議な出来事に詳しい人がいるんです…。今日その人に狛田さんの話をしてみていいですか…?」


決して嘘ではないのだが、なぜか私は狛田さんと目を合わせられなかった。


「えっ…。そんな人いるんですか?ぜひ!ぜひ話してみてください!よろしければ紹介してください!」





疲れた…どっと疲れた。

初めて合う人と話すのはなぜこんなにも疲れるのか、初めてではなくてもあまり好きじゃない人と話すのは疲れる。


私、上崎 小夜子は全く知らない人から相談を持ちかけられることが多々ある。

めんどくさい、断りたいっと内心思ってはいたが断るのが大の苦手な性格で渋々相談に乗ってしまっている。


声をかけてくるのは大体が女。話の内容は気分の悪くなるような話ばかりだ。


だが相談されて悪いことばかりじゃない。

私の気になる人、いや好きな人と会話をするネタになるのだ。そしてあわよくばその人と会うことができる!


私は早速、彼に今日出会った狛田 愛の話をするために電話をかける。彼が暇そうなら直接会って話が出来ないか聞こう。


電話をかける。

呼び出し音がするばかりで出ない…。

電話に出てくれない。

どうしたのだろうか?私のことが嫌いになった?駆け引きしてる?ドキドキする…。


プツッと音がする。出た!

「もしもし?蘭?」


「遅くなってごめんね。どうした?」


「急だけど…今から会えないかな…話したいことがあって…」


不安そうな声になってしまった。断られたらどうしよう。まあ別にいいんだけど明日でも明後日でも会えるんなら…。


「いいねぇ。今どこ?迎えに行くから教えて?」


私の顔がみるみる赤くなる、心臓が高鳴る。





赤い屋根が印象的の素敵な2階建ての家に狛田 愛は住んでいた。


「どうぞ入ってください」


狛田さんは少し疲れ気味なのか表情が暗く声が低かった。昨日は少し狂った感じで怖かったのに…またあの例のプリクラのシールが貼られていたのだろうか。

「お邪魔します」

私の隣にいた近坂 蘭が狛田さんに続き家に入っていった。私もお邪魔しますと言いその後に続いた。

外見は綺麗だったが中はそうでもなかった。リビングにごみ袋が2つ置いてあり洗濯物は畳まれず床に放置、テーブルには新聞が5~6冊つまれてあった。一番気になったのがラグに長い髪の毛が数本くっついている。ここに座るのか…。


「適当に座ってください。あとこれどうぞ」


狛田さんは500mlのお茶の入ったペットボトルを私たちに差し出してくれた。ペットボトル…か…コップとかじゃないんだ。私はペコリと頭を下げ隣の蘭を横目で見た。


「どうもありがとうございます狛田さん。いただきますね。…上崎さんに聞いたんですけど例のシール、ありますか?見せてほしいんですけど」


「ありますよ。ええ、今日も貼ってありました!寝室の壁に…もう剥がしちゃったんですけど…ちょっと…」


そう言い、狛田さんは受話器が置いてある棚に向かった。


「これ…これですこれ!あっ、どうぞ座ってください。楽にしてください」


狛田さんが座る。続けて蘭も座ったので少し嫌だが私も座った。


「これですか…」


蘭がプリクラのシールを一瞥し狛田さんを見る。


「ええ…これです!何か分かりますか…?これが毎日…もう毎日家のどこかに貼ってあるんです!困ってるんです!なんとかなりませんか?」


蘭が何も言わずじっと狛田さんを見つめている。


「え?」


二人がテーブルを挟み見つめあっている!数秒、本当に数秒だったが私が耐えられなくなり口を挟む。


「何か霊とか…怪奇現象なのかな?蘭どう思う?」

「旦那さんと娘さん3人暮らしですよね?娘さんは高校生ぐらいですかね。娘さんと旦那さんの写真はありますか?見せてほしいんですけど」


蘭が私を無視して口を開く。娘さんが高校生?私の知らない情報だ。


「えっと、三人暮らしですよ。娘は確かに高校2年です……写真あるけど…このプリクラのシールとなんの関係があるんですか?私このシールに悩まされているんだけど…」


狛田さんが訝しむように蘭を見る。


「このシールには何も感じません。娘さんと旦那さんの写真、見せくれませんか?じゃないと何も解決しないですよ」


蘭が言うならそうなのだろう。娘か旦那の仕業か…。

狛田さんは何も言わず立ち上がって、受話器が置いてある棚に向かいそこに飾ってある写真を持ってきて蘭に差し出す。


「これです。家族写真…」


蘭が何も言わずに受けとる。そしてまじまじとその写真を眺めている。私はその横顔をだまって眺める。


「娘か旦那の…旦那の仕業何ですか?そうなんですか?」


狛田さんの声が少し震えている気がする。


「言っていいですか?」


蘭が狛田さんと目を合わせる。

「ええ、言ってくださ」

「旦那さん不倫してますよ」

「…へっ?」

「このプリクラの写真、どこで手に入れたか分からないけど確実に旦那さんのせいですよ。旦那さんとよく話されたほうがいいんじゃないですか?もし不安なら間に入りましょうか?」


静寂…。


「し証拠は…旦那がやったという、証拠は何ですか?不倫だなんて…なん、どうして分かるんですか…娘は高校生なんですよ。今頃不倫…」


狛田さんの目の焦点が合っていない。混乱しているのだろか、考えてるのだろうか。


「証拠なんてないですよ。ただ俺とあなたの旦那さんが会えば分かります。どうしますか?」



7分ほど歩いたところに駐車場の広いコンビニがある。そこに車を停めている。

私と蘭は狛田さんに貰ったペットボトルを片手に並んで歩いていた。ちょっとデート気分だ。


「狛田さんの家のラグに髪の毛がいっぱいくっついてたの気づいた?私座るの嫌だったんだよね」


静寂にならないよう私は話しかける。


「気づいてたよ。掃除どころじゃなかったんだろうな精神的に…。」


今蘭はサングラスをかけてる。外にいるときはいつもこのスタイルだ。


「うん。あの、あのプリクラのシールさ本当に旦那さんが貼ってたの?すごいよね。そんなこと男の人が…よくやるよね。何枚も何枚も同じシール持ってたってことだよね。そこまでして奥さんと別れたいのかな」


「うーん、旦那が不倫してたことは分かったけどシール貼った犯人かどうかは勘だよ」

「え…そうなの!?大丈夫なの?明後日だっけ約束してる日…え、勘で大丈夫なの?」


私は驚いて声を上げた。ハッとして口許を押さえる。蘭は笑って答えてくれた


「大丈夫だよ。勘はいいほうだし…外れたことなんてない。娘はクラスの女の子をいじめるのに忙しいから犯人は娘さんではないと思ってる」


旦那だって仕事で忙しいのではと思ったが私は言わなかった。


「娘さん…いじめ…してるんだ…。そ、そういえばさ、明後日は私も着いていっていい?狛田さん、気になるからさ」

「いや、俺だけでいいよ」


即答だった。


「そっか、そうだよね…。2人も入らないよね」


ショック、まさか断られるとは…


「一緒にいて欲しいけどね。暗い話になるだろうから俺一人でいいよ」


優しい、好き。まさか蘭も私のこと好きなのでは?相思相愛?私は少しニンマリした。





…電話がなる


私はハッと飛び起きスマホに目をやる。画面には狛田 愛と表示されていた。なんだ狛田さんか…。思い人でなくて私は肩を落とした。





「久しぶり…じゃないわよね。この前はどうもありがとう上崎さん」


狛田さんが笑顔で私を見た。

それにつられて私も笑顔になる。


「いえいえ、また会えて嬉しいです。連絡ありがとうございます」


待ち合わせ場所は狛田さんと初めて話をしたあの喫茶店。私は通りかかった店員さんにコーヒーを注文した。


「早速だけどあのプリクラのシール、私の旦那が貼ってたのよねぇ」


狛田さんは穏やかに言う。

やっぱりそうだったんだ…。


「…そうだったんですか…白状したんですね。旦那さん…」


「ええ。不倫も認めたわ。近坂さんと上崎さんのお陰ね」


「私は何もしてないですよ。紹介しただけですから…」


「上崎さんに本当に感謝してるのよ私。…旦那ね、あのプリクラのシール、不倫相手の女の、子供と親戚のおばさんで撮ったプリクラのシールだったらしいのよ。やぁね、自分の子供が写ってるプリクラのシールを何枚も何枚も印刷して旦那にあげてたらしいのよ。それを私の家に貼れって命令されてたって。本当に気持ち悪いわ。気持ち悪いでしょ?なぜそんな思考回路になるのかしら。旦那も旦那よ…気持ち悪い」


え、なに?不倫相手にも子供がいたの?

私は聞き返さず相槌をうつ。


狛田さんは一旦喋るのをやめてカップに口をつける。それを見て私も運ばれていたコーヒーカップに口をつけた。


「はぁ…。私ね上崎さん。旦那は不倫をしているけど、まだ別れないことにしたのよ」


「え、そーなんですか?それはどうしてですか?あんなことされたのに…」


「まだ娘が高校2年なの。娘が高校を卒業するまで別れないつもり…」


そっか、そういうことか…私ならそんなの構わず別れるけどなぁ。


「そうなんですね。娘さんは旦那さんが不倫をしていることを知っているんですか?」


「いいえ、まだ知らないわ。でも教えるつもりよ。…私ね、旦那が嫌いだったの。顔を見るたびにイライラしたのよ。でもね不倫をしてるって知ってちょっと…何て言えばいいのかな、スッキリしたと言うか…。家族って仲良しじゃないとダメなイメージがあったのよね私。嫌いな感情をずっと何年も封印してきたのよ。旦那が不倫してるって聞いて、私はこの人を嫌ってもいいんだって大事にしなくていいんだって思って肩の荷が降りたの」


「そうなんですね…」


私は何て言えばいいのか分からず適当に相槌をうった。


「そう……。私ね…今、すごくいい気分なの。先生と出会って凄く凄く気分がいいの。何故かしらね悩みの種を先生が取り除いてくれたからかしら?あれから娘とも仲良くなってね…今度ショッピングモールに行くのよ。娘も底抜けに明るくなったしね。人生がこれからいい方向に向かっていくのね、私も娘も…!上崎さん、先生と会わせてくれて本当にありがとう!」


狛田さんは握手を求めてきた。

は?私は反射的に手を出してしまった。いや、そうするしかなかった。

狛田さんと私は固い握手を交わした。てか痛いぐらいに。


「あっもうこんな時間ね!私ねこれからお友達とお茶をしに行くのよ。4人と!私の体験談を聞かせるつもり!それじゃあね、また連絡するわ!これ取っておいて!」


狛田さんは財布から2000円を抜き出しテーブルに置くと足早に店から出ていった。


…私は口を半開きにしていた。なんだったんだあの人は…。まるで嵐が去ったような…そんな感覚…。


店内のメロディ、他のお客さんが話をする声が聞こえてきて私は我に返る。


蘭を紹介した人の数人が底抜けに明るくなることを私は知っている。

いったい何をしたらあんなに人間を明るくすることができるのか私には分からない。分からないが本人がハッピーになるならそれでいいのか…。


帰ったら蘭に狛田さんのことを聞いてみようかな。私は席を立ち支払いを済ませ外に出る。



なんて解放感…。青い空…。狛田さんとはもう会わなくていいんだ。

私は明るい気持ちで真っ直ぐ前を見てスタスタと歩き始める。途中コンビニに寄ってアイスでも買って帰ろうかな…



「すみません。すみません!そこのお姉さん!」



唐突に後ろから声をかけられた…。

女の声…。また女。


私は無視をしようとしたが声をかけてきた女が私の前に来て


「お姉さん今、時間ありますか?相談に乗って欲しいことがあるんです」


高校生ぐらいの女の子


私は相談屋じゃない!!そう言おうとしたが口には出ず。私はニコリと笑顔を作って


「ええ、ありますよ。どうしましたか?」


と言った。

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