A-side:2-9

 このような自堕落な生活をしていると知れば、過去に私とともに居ながら、堕落するのを厭うが故に離れていった人々はどのような言葉を放つのだろう。

「廣川、今のままじゃ駄目だよ」

 と言ってくれるのだろうか。そうした言葉は身に刺されども、実際には優しさから発せられるものであることは理解出来ても、真正面から受け止め改善しようと思えるほど私は人間が出来ていなかった。

 最初期の『穢土』には矢野と私以外にももう一人別のメンバーが居た……名前を野村と言い、彼は中学時代からギターを続け、プロになるために上京してきた奴で、私の『穢土』に参加したのも、既存のポップソングとは違う路線のギターをやってみたいという向上意欲に満ち溢れた理由で、私は彼とよく喧嘩し、よく笑い、よく酒を飲んだ。それでも、その頃の穢土は本気でプログレを復古させようとしていた集団だったので、私も気合を入れて演奏を続けてきた。途中で加わったみゆきも特別なVoだったし、少しずつファンも増えてきていた。

 当時の私達が目指していたのは、人間椅子や八十八ヶ所巡礼のようなサイケ、ゴス混じりの中にある一構成要素としてのプログレッシブではなく、日本初の本格派シンフォニック・ロックバンドだった。言ってしまえばプログレッシブ・ロックそれ自体が既に時代遅れの恐竜音楽になっていた中で、シンフォニック路線はプログレ・ファンがプログレから離脱出来ない最大の理由であり、一般的な人々がプログレを真正面から受け取ることができなくなった理由の一つでもあった。人々は二十分を超えるような繋がった一つの楽曲を聴くような体力を持たないし、求めてもいない。それでも私達はセルバンテスの小説に出てくる騎士のように、その時代錯誤な難問に答えを出そうと試みていた。

 そうした試みが完全に潰え消え去ったのが、新宿レフトで行ったライブで小さなシンバルを投げ込まれたあの瞬間だった。

 エニドのカバーバンドとしてスタートした私達は、同バンドの代表作と言える『夏星の国<In the Region of the Summer Stars>』を通しで完コピし、一部のプログレファンに名前を知られるようになった。その上で私達は最初のオリジナル・アルバム『深い河』を製作し、複数のライブハウスで上演した。百枚手焼きで刷ったこのアルバムは苦労の末に完売させることができ、後にメンバーとなる山崎貴志を含む幾らかの固定客を獲得するに至った。

 私達はこの『深い河』を複数のライブハウスで上演。場所に合わせて一部をカットしたり、アレンジしたりして場を崩さぬように工夫を凝らしながら、私達は新宿にある有名ライブハウス・レフトにおいてライブを行った。

 その時に起きたのが、あのシンバル事件だ。

当時『深い河』の出来に自信を持っていた私達は、時おりライブアレンジを加えながらこれを上演した。しかしその時、私達の担当となる時間を若干過ぎていて、あと少しで上演し終わる……そうなった時に、あの一枚の小さなシンバルが矢野と野村の間に投げ込まれたのだ。

 シンバルは音を立てて落ち、私達の演奏は中断された。……そのまま演奏を継続すれば良い思い出になったのかもしれない。けれど、当時の私達にはそうするだけの度胸も実力も、存在しなかったのである。

 このライブの後、の音楽方針を巡って私達は揉めに揉めた。もっとポップな音楽にふるべきじゃないのか。サイケ・ゴスの路線を評価するべきではないのか。……結論は出なかった。そんな状態で音楽を書いても良いものが出来るわけもなく、二枚目のアルバム『犬の心臓』は五十枚刷って今も余ったままでいる。徐々にオリジナルの気風は失せ、既存のプログレッシブ・ロックの名盤をコピーするだけになり、そうした現状に失望した野村が抜けて、そうして……私達『穢土』は今の姿となり、私。キーボーディスト・廣川克己は、無名であることに甘んじた。

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