2nd EP『戯言<Aerie Faerie Nonsense>』
A-side:3-1
TVニュースで新型コロナの話題を初めて見たのは、私は確か錦糸町の中華屋でレバニラ定食と瓶ビール一本を注文していて、その待ち時間にふと店備え付けのテレビへ目をやった瞬間だったと記憶している。……話によれば海外で既に流行している新型コロナの菌を保有する人間が豪華客船に居て、その検査と検疫のため、港へ既に到着しているにも関わらず、多数の旅客乗員が閉じ込められている……という趣旨だったと思う。結局その報道の印象も、この後に食べたレバニラとビールでかき消えていたことを思えば、私自身あまりこの事態に深刻さを見出すことが出来ていなかったのだろう。
私が事態の深刻さを認識したのは、そうした報道が日常の中で喧しく唱えられるようになった頃に実施したライブでのこと。
普段であればいつも通りの客が居るべきであるシルバーバレットには、人一人集まることはなく、私達穢土の面々は途方に暮れた。
「まさかの全員キャンセル……」
山崎はそう言って驚くのに対し、矢野は何一つ驚くことなく、ただ淡々と。
「こうなる気はしてたんだよな」
と語る。その中で私はみゆきに対して。
「最近ずっとこんな感じなの?」
と質問した。彼女は答える。
「客どころかバンド側もキャンセル多発。こんな状態でもわざわざ演奏しにきたのはお前らぐらいだ」
そう言って、客一人居ないライブハウスのど真ん中の席で脚を組んで座るみゆきの後ろから、音響担当の沙羅が言う。
「折角だから、何か遊んじゃいますか?」
「例えば?」
「変なエフェクトかけるとか、いっそ好きに演奏しちゃうとか」
「つったって、別に今やりたいものがあるわけでもなし」
「じゃあ、予定変更してデンジャー・マネー全部やっちゃうとか」
私のその提案に山崎は一言、賛成! と言い、矢野は何も言わずに演奏準備を始める。
「元々UKのつもりだったし、丁度良いかもね」
私はみゆきに問いかける。
「みゆきさぁ――久々に、歌わない?」
「歌わないよ」
「なんでぇ? ウチのメンツじゃジョン・ウェットンの声なんて出せないよ」
「端からインストのつもりで準備したんだろ?」
「いいじゃ~ん。たまにはさあ」
「大体、私だってジョン・ウェットンの声は出ねえよ。男性Voを何故女にやらせようとする」
「無敵のみゆエモンヴォイスで何とかして下さいよ」
「雑なこと言ってんじゃねえ――ほら、聴いてやるから。やれよ、デンジャー・マネー」
結局その日は最後まで客一人来なかったので、適当に演奏した後にライブハウスにある酒で酒盛りをして終えることとなった。
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