A-side:2-6

 バイトの日……荻窪にある私の活動拠点シルバーバレットは私と古い付き合いである同い年の女主人、高畠みゆきが管理・運営している。とは言いながら、あと数年かそこらで二十一世紀に突入して二十年が経過しようとしている現代にあってプログレッシブ・ロックがメインという時代錯誤なこのライブハウスではイベントもそう多くはなく、平日は開いていないことも多い。シフトとは言うものの、このライブハウス自体私と、音響さんと、店長の高畠の三人で経営しているようなもので、たまに私が欠勤する日があるのを除けば、シルバーバレットの営業日がイコールで私の出勤日である。

 このライブハウス自体が時代錯誤なプログレ屋敷であるのと同様に客もまた魂を七〇年代に置き忘れてきた人々の集まりであり、中には定年退職しているような常連客も居る。このシルバーバレットはライブハウスと言うよりは、そうした常連客と、長く付き合いのある殆ど身内のような店主と音響で構成された、いわば友人の家のようなもので、ライブハウスに出入りする人間の半分以上が顔見知りであるためか、労働しているという感覚さえ希薄である。無論、それでも欠勤が増えれば文句は言われるのだが、クビになることはない。

 この日は私とは別の、シルバーバレットでよく演奏するバンドが出演する日。私は受付をやっていて、入店時のチケット確認とルールになっているワンドリンク提供の仕事をする。しかし、やはりというか、バンドは違っても来るメンツには大差がない。それ故に

「先週のタルカス、良かったよ」

 別のバンドのライブを聞きに来た常連がそんなことを言う。

「そんなこと言っても別にサービスしないからね」

「手厳しいなあ」

「コークハイでいい?」

「あ、ごめん。今日はウーロンハイお願いしていい?」

「え、珍しい。どうしたの~?」

「医者から糖分控えろって言われてさ」

「そうなんだ~。大変だねえ」

「大変だよ、本当」

 歳は取りたくないよね。そう言いながら常連のおじさんは私が作ったウーロンハイを受け取る。

「歳、かぁ」

 常連客の背中を見ながら思わず私は考え込んでしまう。

 私は――今の状態が永遠に続けばいいと思っている。月何回かライブをやって、自分の好きな音楽に触れ続けることができるライブハウスに身を置いて。きっと恐らくだが、十年は同じことができると、私は考えている。しかし、四十を超えた先にあるはずの自分の人生と言うものが――想像、できない。その頃にはきっと矢野も良い相手を見つけて、バンド活動どころではないかもしれないし、その点においては山崎だって可能性がある。何であれ、社会にコミットメントし続けていれば彼らには希望があるだろう。未来への展望が開けていないのは、その可能性が殆ど閉じかかっているのは……私、だけだろう。

 その日のイベントが全て終わり、片付けをしている最中、私は店長と音響を飲みに誘った。

「お前、また酔い潰れるつもりか? ウチに上がり込むのはもう勘弁だぞ」

「そんなこと言って……たまには優しくしてくださいよ」

「お前が欠勤したぶんの損害、一括請求してやろうか?」

「あ~ん、冷たい……」

「クビにしてないだけ有り難いと思えよ」

 そのような会話を展開していると、音響は一言。

「……素直じゃないですよね」

 と言ってから。

「いいんじゃないですか。たまには」

 パっとやりましょう、パっと。彼女は言う。

「わ~ん、味方は君だけだよ伊勢ちゃん!」

「勿論、割り勘ですけど」

「あっ距離置かれた! 傷付く!」

「勝手に傷付いてろ」

 店主はそう言って返す。……何であれ、今日もまた酒を飲む。将来の不安を忘れるためには――酒が一番なんだ。これ以上の妙薬を私は他に知らないし、知ることもきっとないだろう。

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