A-side:2-4
明朝、始発が出たばかりの総武線駅ホームには、さっきまでの私と同じような飲み潰れたサラリーマンが幾らか見受けられる。この時間の総武線は都心に向かう車両が混んでいて、今私が乗ろうとしているような都心から郊外へ行く電車はわりと空いている。
総武線の車窓から国立競技場を垣間見ながら、私は新宿で購入したブラックニッカのポケットサイズをぐいと飲む。香りの中にあるそこはかとなく下品な味。これぞ私の愛する安ブレンデッド、ブラックニッカの真骨頂だ。色々なウィスキー、色々なお酒に手を出しながら最後、私が手にするのはいつもこのブラックニッカだった。大学を出る頃には、こんな安ブレンデッドなんて飲むこともなくなるのだろうなと思っていたが、実際には私の停滞する人生そのもののように、私の嗜好品としてのお酒の主たる地位もまた停滞し、このブラックニッカに収束してしまっている。
酒。音楽。ほんの少しの文学――それが私の人生を構成するものの全てだ。バンドメンバーも、友達も、それらは全て音楽という一つの概念に集約される。彼ら彼女らもまた音楽の一部なのだ――私自身でさえも、そうだ。
電車の中で手持ち無沙汰になった私はスマホを取り出し、バンドメンバーのグループで発言をする。
<今電車で帰宅中>
既読1。
<今どのへんに居るんですか>
矢野の発言。
<新宿で乗って、今市ヶ谷らへん>
<あのまま帰らなかったんだ>
既読2。
<だって>
<飲み足りなくて>
<いや高円寺でボトル空けてたでしょ>
<そうだっけ?>
<持ち帰りましょうって言ったのに>
<もったいない~、って>
私は笑う。
<そりゃそうだ>
<もったいない>
<程々にしてくださいよ>
<本当>
その発言のあと、矢野からのコメントはなくなった。きっと出勤だろう。
ふと私は、自分の反対側の席に座るサラリーマンを見た。疲弊が肌に表れているような、ザラザラとした肌を持つその男はスマホを持つでもなく、ぼんやりと虚空を見つめている。ここまでではないにせよ、矢野も今頃は一サラリーマンとして電車に乗り込んでいるのだろうなと思うと不思議な感じがしてならず、私のような無頼漢と、彼のような社会に確固たる地位を持つ人物とが交わって演奏をしているのだなと思うと、音楽とは何たるものかと考え込んでしまいそうになる。
そんなことを考えながら目の前の男を見つめていると、ふと彼の目線が少し下がり、私の方を見る。双方目が合うが、相手は即座に目線を外した。……結局、その男は秋葉原で下車していった。
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