Das Puppe hat eine Verletzung.


「人形みたいだね」ってよく言われるだろう?


 初めて会った日、母が入院している病院のエントランスの外で、泡雪は飴子を見下ろして薄く口元に笑みを浮かべた。意地の悪い人、とは思わなかったけれど、飴子は何故かあまりよい気分ではなかった。それでも皮肉、だったのだろう。出会ったころの父は飴子に対して大層嫌味だった。


「人形は、好き」


 手荒く扱われても、衣裳が色褪せても、屑篭に放り投げられても、彼女たちは眉ひとつ動かさない。陶器の眼はただただ、周りの風景を写す。


「憧れた、わ。とても」


 今よりもう少し小さかった頃に。


「君は人形になりたかったのかな」


 大雨の中、母親がアスファルトの地面に落ちていくのを、飴子は歩道橋の上から眺めていた。


『感情で動くからよ』


 感情というのは恐ろしいもの。故に肉体と精神の結びつきを、放棄しようとした。けれども、解こうとするほど、複雑に複雑に心と身体は絡まるもので、情緒が欠落すれば成長が止まる。人形に憧れていた長い歳月は、飴子に多大な成長の猶予を押し付けた。


「でも、なれなかった」


 そうだね、君は人形にはなれないね、飴子の曇ったブロウアイがその長い睫で伏せられる様子を見て泡雪は言った。飴子の曇り空のような髪と泡雪より少し薄い雨の色をした瞳は、土砂降りの中に置き去りにされた人形のようだった。


「飴子」


 大雨で冷え切った冬の外気が耳や頬を鋭く刺激する。飴子が顔を上げると、彼は腰を折り曲げて自分より頭二つ分程小さな飴子と目線を合わせた。晴れて、澄み渡る空の色。


「少しは、僕の言ったことに傷ついたかい」

「酷く」

「それはよかった」


 泡雪は薄い唇を僅かに吊り上げていたけれど、それはあまり意地悪く見えはしなかった。


 春に、と唐突に泡雪は呟いた。


「春に新しく制服を仕立てるときは、スカート丈の折り返しを長くしてもらうといい」


 きっと三年間で僕の肩くらいまでは背丈が伸びるだろうからね、そう言って泡雪は自分の肘のあたりにある飴子の頭に静かに手を置いた。

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