絶望と衝撃-2

火葬が終わるまでの間の控え室に案内されて、ばあちゃんはすぐに俺の隣に座った。座布団の上に胡座をかいて、壁にもたれて腕を組んだまま静かにしている。まるで武士みたいだ。

あっくんの親類縁者はテーブル席で遠巻きに見ているが、何かを小声で話している。御手洗から戻ってきた母さんが、気まずそうに俺を見た。


「今、庵慈さんの御両親と那津がお茶とお菓子取りに行ってるんだけど、柊羽、お腹空いてる?」

「あんまり。ここって自販機あったっけ?」

「さっき外にあったよ。何か買ってこようか」

「じゃあ、炭酸系で」

「……母さんも、何か飲みますか」

「いい」


ばあちゃんは答える一瞬だけ母さんを見て、その後に俺の方へ視線を移した。


「しゅうって、どういう字を書くんだ」

「え、えっと、植物の柊に鳥の羽だよ」



説明しながら俺は、やっぱりばあちゃんは少し怖い人なのかなと思った。意識して見ると整った顔をしている。あっくんのお母さんみたいに派手な化粧ではない。修学旅行で行った宝塚で、たまたまご飯屋で会った男役の人と雰囲気が似てる。同じ班の女子がリュックにサインしてもらっていたから有名なのだと思う。その後観に行った劇では、元の顔が分からないくらいの化粧で衝撃を受けた。きっとばあちゃんがもう少し若ければ、ああいう化粧が似合っただろう。


「何を考えてる?」

「え、あ、えっと、ばあちゃんのこと知らなかったからびっくりしてて」


咄嗟に嘘をついたが嘘じゃない。あっくんのお母さんが何年か前に還暦だったと聞いたからばあちゃんもそれくらいだと思うが、あっくんのお母さんよりは若く見える。


「知らなかった?」

「こんな若いばあちゃんが、いたなんて」

「若くはない。柊羽は何歳になった?」

「16」

「そうか、大きくなったな」


晩婚化の進んだこの国で、足腰のしっかりしてるばあちゃんは珍しい。少なくとも俺の周りにはいない。通学で使うバスで見かける年配者は、杖をついたり腰が曲がった人が多い。親しい友人達の母達は50を過ぎているし、俺の母が40代だと言うと羨ましがられた。

でも俺は自然の流れに乗れてる姿の方がかっこいいと思ってたから、あっくんが笑った時に出来る目尻の皺とか少し荒れて乾いた手が好きだった。逆に母さんや那津さんの、大衆受けするように造られた美しさは苦手だった。


「帰るか」

「え」

「疲れただろう」

「え、でも」

「骨上げは辛いぞ。想像しているよりも酷い。やりたいなら止めはしないが」


あっくんの抜け殻を見た時から何度も繰り返していたシミュレーション。骨と遺灰を拾わなければ、ペンダントが作れない。まだ傍に居て欲しかった俺の我儘だけど、母さんと那津さんには内緒で、罪悪感は多大だ。

ドアが開いて、那津さんとあっくんの両親がバタバタとお茶とお菓子を振る舞った。あっくんのお母さんの妹や従姉妹も手伝って、俺の目の前にも置かれたそれに手は付けたくなかった。


「もう暫し休みながらお待ちください」


女性陣が那津さんを気遣ったり、近況を報告しあったり、それぞれの思い出話をしている。俺の所在は無い。誰とも何も語り合えない。語り合いたい相手は現在進行形で焼却されている。



「母さん、来るなら連絡くらいしてくれればいいのに」

「庵慈君が亡くなった事を、あんたも那津も連絡しなかっただろう」

「…それは、そうだけど」

「庵慈君の御両親が連絡してくれたからだ、あんた達の親として来た訳じゃない」

「……どうせなら父さんが来てくれたら良かったのに」

「父さんは庵慈君の事を知らんだろうが」

「へぇ、母さんは知ってるの?」

「あんたよりはね」


ばあちゃんは母さんではなく、母さんの後ろで従姉妹に囲まれている那津さんを見た。那津さんは視線を床に落としている。ばあちゃんが来てから、頑なに俺とばあちゃんを視界から外そうとしている。ばあちゃんに対する恐怖心か、俺に対する憐憫か、自覚があれば罪悪感か、その全部だろうか。

不意に、部屋の隅で振られた手に意識が持っていかれた。手を振ったのは、あっくんの従姉妹の娘の………名前は忘れた。でも、ばあちゃんは彼女に向かって小さく手を振った。知り合いだろうか。どこかで見た事のある制服だ。バスか電車か、どこだったかは思い出せない。


「誰?」


同じ事を思ったのか、母さんが訊ねた。ばあちゃんは茶飲み友達だと答えた。


「あの子と庵慈君と月に1回、友達のカフェに行ってたんだ」

「何それ、初めて聞いた」


俺も、そんな話は聞いた事が無かった。ドライブがてら美味しいご飯屋さんに連れてってくれたり、那津さんも一緒にキャンプへ行ったりしてたのに。会社の後輩と美味い居酒屋に行ったとか、先輩に釣りに誘われたなんて他愛無い話はしてくれてたのに、ばあちゃん達と会ってたのは、どうして隠してたのか。


「私も優茉ちゃんから聞くまで庵慈君を知らなかったし、柊羽の事も庵慈君から聞くまで寝耳に水だったよ。あんた達は昔から事後報告だったけど、結婚や出産まで事後報告だなんて」

「……それは、母さんが絶対反対すると思って…」

「私が反対すると思うことをしでかしたってことだろう」


アルミホイルを噛んだような表情で、母さんが押し黙った。実の母親に結婚や出産を隠しておくことなんて出来るのか。一体、ばあちゃんと母さんと那津さんの関係はどうなってるんだ。

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ダンディライオンの剥製 結木 諒 @ryoyuki710

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