第238話
「無事、来れたな」
俺は周囲へ視線をむける。みたことのない景色が広がるそこは、恐らく俺の知らない世界だ。
……異世界。本当にあったんだな。迷宮はこの世界が関係して発生していたのだろうか? まあ、細かいことはあとで考えればいいか。
今は麻耶だ。
周囲の魔力を調べ、状況を確認する。
……麻耶の魔力が、感じられない。
一瞬間違えたか? と思うのだが、理由は明白だ。
魔力の質が違うな。
体内に取り込み、肉体を強化してみる。いつもと違ってあまり馴染まない。
世界によって、魔力の質というものが違うのかもしれない。
人間でいうと、血液型みたいな。
幸い、俺の体に馴染む魔力のようで血液型のように輸血ができないというような問題はなさそうだ。
慣れればいくらでもなんとかなりそうだな。
それに、この世界の方が世界に満ちる魔力量が圧倒的だし。
麻耶は……いると思う。俺の本能がここに麻耶を感じているからだ。
……ただ、場所がわからないとなるとどっちに向かえばいいか分からないな。
さて、どっちに向かうか。
改めて、魔力を周囲に向けてみる。
魔力の質が違うので、チューニングする必要はあるが……まあもう慣れた。
周囲の魔力を調べてみると、何やら向こうのほうに魔力の反応があるな。
この魔力の反応が、人間なのか魔物なのかは……まだ分からない。実際に見てみて、この魔力が人間か魔物かは調べてみる必要があるだろう。
……そもそも、この世界に魔物がいるのかどうかも分からないが。
そう思い、魔力の方へと歩いていってみると……
「ほぉ、こいつはうまそうな人間だな」
大きな狼がいた。銀色の髪を揺らす美しい狼。
俺よりも一回り大きなそいつは、べろりと舌を出しこちらをみてくる。
声は凛としている透き通るようなものであり、俺を完全に餌としてみているようだ。
「この世界の魔物は喋るのか?」
「別世界の人間か。こんなところで何をしている?」
「ちょっと、迷い込んでしまってな」
「召喚されたわけではないのか。魔力もろくにないところを見るに……ハズレの人間か。ならば、我に出会ってしまったこと、後悔するがいい!」
……別世界に対しても理解があるんだな。
ということは、異世界召喚などが一般的な世界なのかもしれない。
麻耶がこの世界にいることの裏付けができてきたな。
「我はフェンリル! 貴様の肉は我の糧にしてやろう……! 心配するな! 苦しいのは一瞬だけだ!」
フェンリル、といえばかなり強い魔物だっただろう。
異世界きていきなりこんなやつを相手にすることになるなんて……麻耶は大丈夫だろうか?
いや……でも、今の麻耶なら、きっと大丈夫だ。
まずは俺が生き残ることを考えないとな。
こちらに噛みつこうとしてきたフェンリルの鼻を、俺は片手で受け止める。
ぴたりと動きを止めたフェンリルは驚いたようにこちらをみてくる。
「……え?」
「おい、まさかこの程度じゃないだろうな?」
想像よりも、力が弱い。
フェンリルを受け止めつつ笑みを向けると、フェンリルはダラダラと汗を流していく。
演技なのか、がちなのか分からないが……俺はもう片方の拳を握りしめる。
「ちょ、ちょ! 待って! ちょっと待って! え!? なぜ魔力がないのに、なぜ我の突進を……っ!」
「この世界の魔力とはちょっと違うんだよ。もっとよく感じてみな!」
俺は力強く拳を振り抜くと、フェンリルは地面を数メートル吹っ飛び、転がった。
一応、加減してやったのでフェンリルはよろよろと体を起こしていた。
俺がその先に回るように一瞬で移動すると、フェンリルは顔を青ざめていた。
「……も、申し訳ない! 我! 実はそんなに強くなくて! 無理無理! 死にたくない! ごめんなさい!」
「……フェンリルなんだろ?」
「こ、この毛染めてるだけ! 実は白色なんだ! フェンリルに偽装すると勝手にびびってくれる魔物もいるから!」
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