第211話

 美也の事務所から黒竜の迷宮へと移動した俺たちは、早速戦闘を開始していく。

 始めは準備運動程度の戦闘を行い、それから本格的な訓練開始だ。


 美也はじっと目を閉じ、精神を集中させるようにして魔力を引き上げていく。

 彼女の周囲に風が吹き荒れる。その風は美也が生み出したものだ。


 周囲を傷つけるように暴れていた魔力は……やがて、彼女の肌を覆うように纏われていく。

 そして、完成した。


 美也は風を全身に纏ったまま、小さく息を吐いた。


「よっし、準備完了」


 そういった美也の表情は険しい。風の鎧を纏っている状態は、かなり集中して行う必要があるからだ。


「それじゃあ、戦闘していくか」


 早速、美也の魔力に引きつけられるようにして、一体のオークが現れた。

 こちらに気づいたオークは醜悪に顔を歪ませるようにして、にやりと笑う。


「ブガアア!」


 咆哮をあげ、それからこちらへと突っ込んできた。

 持っていた斧が振り下ろされるが、美也はそれを跳躍してかわす。

 跳んでかわすと本来ならば隙だらけとなってしまうものだ。

 だが、今の美也は違う。

 自分の体にまとった風に乗るかのようにして、空中を移動する。


 ……美也も、麻耶と同じく外に放出するような魔法はあまり得意ではないようだった。

 だから、麻耶がやっているような魔法の使い方を教えていった結果、今の戦闘スタイルを確立することができた。


 放出系の魔法は苦手な美也だが、彼女は体に近いときの魔法操作は他の人よりも優れている。

 身体強化が得意な人にこのタイプは多い。俺も、どちらかというと外に放つ魔法は苦手だ。再現魔法を使う場合も、自分の近くに使用するもののほうが制御しやすい。


 まだ魔法を纏いまでの時間はかかるため、戦闘中に自在に変化などはできないが、事前に準備しておけばかなり有用だ。

 ゲームでいえば、先制攻撃に成功した! みたいな状態である。


 美也は風を操り、自在に加速、減速を行いオークへと攻撃を繰り出していく。

 その連撃は速いのだが、まだ決めてにはかけるな。


 戦闘自体に時間はかかってしまうが、それでも、美也は一度も攻撃をくらうことなく、オークを完全に仕留めることに成功した。

 このオークはCランク程度はある。

 それを一人で倒せる辺り、風纏いによる強化はしっかりされているんだろう。


「……はあ、はぁ、ちょっとタンマ……」


 戦闘を終えたところで、美也はその場でしゃがみこむようにしてそういった。

 かなり疲れている様子だ。

 魔法を纏うというのは常に全身に力を入れて動いているような状態なので、よほど体力を消耗するんだろうな。

  俺も身体強化に慣れないときは似たような感じだったので、なんとなく気持ちはわかる。

 とはいえ、ここからはいかに自然に使えるかどうかを練習していくしかないからな。


 彼女が休めるように、周囲の警戒をしつつ俺は美也に声をかける。


「とりあえず、風纏いの強化自体はうまくいってるな」

「うん、迅に提案されたときはどうなるんだろうって思ってたけど、上手くいった感じ。てか、魔法で攻撃するより全然やりやすいかも」

「麻耶も同じこと言ってたな。あとは攻撃力がまだ足りないな。接近したときに、剣に風を纏わせて切り裂くとか、そういう訓練をしていったほうがいいな」

「え? どんな感じ?」

「そうだな……」


 とりあえず、彼女の魔力を使って俺は自分の右腕に風魔法を纏ってみせる。

 それから、その拳を地面へと近づける。

 俺の腕の周囲を纏っていた風は、激しい音をあげながら地面を削っている。

 そして、最後に俺の拳が地面へと届いた。


「こんな感じだな。俺は拳でやったけど、美也は剣でやってみればいい。そうすれば、今よりさらに火力も上がるはずだ」

「かまいたちって感じだね……確かに、これならより深く抉れそう。剣の切れ味とかも強化できそうだし……うっし、今度はそっち方面で強化していってみよっかな」


 美也は色々と思案しているようだ。

 体は休ませながらも少量の魔力で風魔法を生み出しては色々と試している。


「迅のおかげであーしの戦闘スタイル確立できたし、マジ感謝。……ありがとね」

「俺はきっかけを教えただけだ。風魔法は使えないからな」

「いや、実際再現魔法で教えてくれてたし、あーしの魔力操って感覚掴ませてくれたっしょ?」

「まあ、それを形にしたのは美也だからな」

「じゃあ、お互い頑張ったってわけか」

「そういうことにしておくか」


 そんな話をしていると美也がちらとこちらを見てきた。


「そういえば、迅って最近色々とあーしのスケジュールに付き合ってもらってるけど、だいじょぶ? なんか忙しくしてない?」

「いや、別に。そもそも一日の大半が暇だしな」


 暇な時間があれば麻耶の配信を見ているので、暇でないといえば暇ではない。

 前にそれを凛音に話したら、「それを人は暇人と言うんです」と言っていたが。



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ゲームの悪役キャラに転生した俺が、裏でこっそり英雄ムーブで楽しんでたら、俺のことが大嫌いな許嫁にバレてしまった

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