第197話

「い、いつの間に!? 魔力、感じなかった……っ」


 流花が慌てた様子で声をあげている。

 ……それよりも、


「流花、何してたんだ?」

「え、えーとその……」


 流花は戸惑った様子で俺の上着をそっと下げる。

 それから彼女は困ったように視線を彷徨わせている。

 ……やはり、そうか。


「……もしかして、俺のスーツ臭かったか?」

「へ?」

「いや、だってそれ以外の理由で俺のスーツを嗅ぐことないだろ? 正直に言ってくれ。臭かったか?」


 だとしたら、大河さんにも迷惑をかけてしまった。なんなら、この後一緒に食事をするのも申し訳ないだろう。

 そう思っての問いかけだったのだが、流花は慌てたように首を横に振る。


「い、いやそんなことない。むしろいい匂いだからっ」

「じゃあ、何でわざわざ嗅いでいたんだ?」

「べ!? えーとその……あっ、香水とか、何かそういうの使ってたんじゃないかって思って……」

「……ああ、なるほど」


 そういうことだったのか。

 何かいい匂いがしたから、香水などの線を疑った、と。

 とはいえ、匂いに関しての話はなかなかし辛かったのかもしれない。

 そういうわけで、彼女は俺がトイレに行っている間にこっそりと調べようと思ったのだろう。


「そ、それでお兄さん。何か使ってるの?」

「そういうことはないんだけどな……あれじゃないか? いつも使っている洗剤の匂いとかがついたんじゃないか? ほら、よく麻耶と遊んでるし、なじみのある匂いがしたとかじゃないか?」


 俺のシャツとかに使っている洗剤の匂いがスーツについた、とかではないだろうか?


「う、うんたぶんそう。そうだと思う。どこかで嗅いだ覚えがあったから」


 流花は顔を真っ赤にしながらぶんぶんと首を縦に振っていた。

 とりあえず、この話はここで終わりといった様子で流花がスーツを俺に渡してきた。

 とはいえ、上着はあまり好きじゃないのでそのまま脇に抱えるようにして流花と向かい合わせになるように座る。

 それから、もう一つ気になっていたことを問いかける。


「もう一つ聞きたいことがあったんだけどいいか?」

「何?」

「さっき、別の部屋に間違えて入ってな」

「……うん」


 流花の表情が青ざめたものになっていく。

 何か後悔の入り混じったような表情となっていて、質問を続けるのがはばかられるような気持ちになるがそれでも俺は問いを続ける。


「その部屋。何か凄い俺の写真とかあって……」

「お、お母さんの部屋!」

「……へ?」


 流花ががたんと顔を真っ赤にして椅子をひっくり返しながら叫んだ。

 あまりの勢いに驚いてしまっていたが、流花はすぐに咳ばらいをしながら説明する。


「お、お母さん。今日は仕事でいないんだけど、お兄さんの凄いファンだから……! それで、お兄さんのグッズを自分で作って部屋に飾っているだけだから」


 いや、「だけ」という言葉で済ませてはいけないような気もするが、流花の鬼気迫る表情に俺は気おされて頷くしかない。


「な、なるほど」

「……お母さん、本当にお兄さんの滅茶苦茶なファンだから。うん、そういうことだから、理解して」

「……あ、ああ。とにかく、間違えて悪かった」

「ううん……大丈夫だから」

「それにしても、流花も魔力を消すのがかなり上手くなったな」


 そのせいで、今回ばかりは部屋を間違えてしまったんだけどな。


「そ、そう? お兄さんに並べるくらい、強くなりたいから」

「それだけ魔力制御がうまくなれば、Sランク冒険者にだってなれるからな」

「……うん、頑張る」


 流花はぐっと拳を固め、嬉しそうに微笑んでいる。

 色々とあったが、とりあえず流花の調子もいつも通りに戻っているな。


「そういえば、お兄さん。……色々と聞きたいことがあった」

「どうしたんだ?」

「お兄さんって、高校生くらいの時に冒険者になったんだよね?」

「まあな」


 なるしかなかった、というのが理由の一つだが。

 いやもちろん、普通の仕事を選ぶ道もあった。

 でも、当時の年齢だと中々いい仕事が見つからなかった。第一、今時最低でも高卒、みたいな募集が多かった。

 ……給料面も考えると冒険者のほうが安定するのではないかという程だった。


「私も、今色々と進路に悩んでて……ちょっと聞きたかった」

「そうか? まあ、俺で良かったらいくらでも相談に乗るぞ?」


 家族とかでは話しにくいこともあるだろう。

 俺が答えると、流花は嬉しそうに笑った。






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