第194話
俺は今、霧崎さんと打ち合わせを行うため、 「リトルガーデン」の事務所へと来た。
ここ最近は色々なことがあったが、ひとまず迷宮などの問題は落ち着いてくれたのでようやく、話をする時間がとれたというわけだ。
霧崎さんとともに会議室へと入ると、彼女はいつもの落ち着いた雰囲気でこちらを見てきた。
「お待たせしました迅さん」
「いや、大丈夫ですけど……なんか事務所バタバタしてます?」
会議室に来るまでに、すれ違った社員の人たちはせわしなく動いていた。
気になった俺が問いかけてみると、霧崎さんは苦笑がちに答える。
「……まあ、これでも今は落ち着いてますよ。迅さんとジェンスとの戦いの後はそれはもう凄まじいことになっていましたが」
それはまあ、なんとなく想像できることだ。
悪いことをしてしまったなとは思いつつも、あの場ではどうすることもできなかったわけで俺としてもそれ以上は何も言えなかった。
「そうですか。そういえば、流花の家族への謝罪の件はどうなりましたか?」
今回。
俺が原因でジェンスの一件に巻き込んでしまった人たちには直接謝罪を申し出たいという話をしていた。
玲奈の両親は連絡先を知っていたので、直接謝罪をしにいき、凛音は……一応彼女の育ての親である施設に挨拶には行っておいた。
もちろん、本人たちに謝罪はしているが親は恐らく不安に感じているだろう。
今後、「リトルガーデン」にも迷惑をかけるかもしれないと思っていたので、そこはきっちりしておきたかった。
……問題があるようであれば、俺は事務所から離れることも考えているわけだ。
ひとまず今のところは問題なさそうだが、今後どうなるかは分からないからな。
流花に関しては、家族については情報を持っていなかったので事務所を通して話をしようと思っていた。
そういうわけで、今日は打ち合わせに来ていたのだが、霧崎さんは苦笑した。
「流花さんから両親に確認をしてもらい、こちらは気にしていないから大丈夫です、とのことでした。ただまあ、一応迅さんも気にしていると思うので、日程だけは調整させていただければ、とは話しておきました」
さすが、霧崎さんだ。
「そうですか。まあ、リトルガーデンとかに悪影響がないならいいんですけどね」
「むしろ、流花さんのご家族も迅さんの活躍に関しては感謝しているようでしたよ」
「そうなんですか?」
「ええ。同じ日本人として嬉しいという部分もあったようですが、もともと流花さんの家って冒険者関連のお店を持っているんです。レコール島にもいくつか店舗を構えていたので、その被害が最小限で済んだと感謝していましたよ」
「そうなんですね」
驚いた。
よく考えると俺は流花が食いしん坊だということくらいしか情報は持っていなかった。
そんなことを本人に言えば、むっとするかもしれないが。
「フラワーウェポンっていう、全国展開している武器屋……知っていますか?」
「ふらわーうぇぽん? あー、聞いたことあるかもしれません」
武器を店で買うという概念がない俺としてはなじみのない名前だった。
「……一応、安価でいい武器をたくさん販売しているということで幅広い冒険者に人気なんですよ。世界的に店舗を持っているのですが、迅さんはあんまり武器買わないですもんね」
「そうですね……一応、冒険者になりたての頃は使っていましたし、勧められたお店がそんな感じの名前だったかもしれませんね」
冒険者になりたての頃は、俺ももちろん普通の冒険者だ。
皆と同じように武器を使って日銭を稼いでいたものだ。
ただ、武器は金がかかる。手入れをしなければすぐに使えなくなるし、あるいは性能が下がってしまう。
だから、だんだんとそういう武器に頼ることはなくなっていた。
拳で倒せたほうが、儲けが大きくなるからな。
「とにかく、そういうわけで流花さんの家としてはむしろ感謝していましたよ」
「それならまあ、ラッキー……なんですかね?」
流花の家がなんとなくお金持ちなんだろうな、というのは普段の所作で分かっていた。お金持ちとまではいかなくても育ちがいいんだろうな、くらいには。
とはいえまさか、社長令嬢とはな。
「まあ、ご家族への謝罪の挨拶に関してはまた今度、日程が決まりましたらお話しますね」
「了解です。それで、あとは配信に関してですよね?」
「そうですね。……最近、滅茶苦茶メッセージとかが来るんですよ。早く、『お兄様の安全を確認したい』って」
「一応コメントとかは出していますから、別にいいんじゃないですか?」
そっちに関してはあまり乗り気じゃないんだよな。
なんだかんだ、注目されるようになったせいで色々と迷惑な連中に絡まれているわけだし。
「あと、麻耶さんや他の方たちの心配する声もありましたね。このままではマヤチャンネルにも悪影響が出るかもしれませんよ」
「今すぐ配信してきますね」
マヤチャンネルの発展のためなら、やらないわけにはいかん!
万が一登録者数が減ったら大問題だ。
俺はすぐに迷宮に向かおうとしたが、霧崎さんが抱き着くようにして止めてきた。
「ま、待ってください。それに関してですが、この前のジェンスとの戦いに参加した皆を心配する声がありました。ですので、次は全員とコラボみたいな形で軽く迷宮に潜りながら配信というのはどうでしょうか? と今他のマネージャーと相談している形ですね」
……なるほどな。
確かに、それなら全員の安否が確認できればそれが一番簡単な方法ではあるな。
それに、コラボすることによって他の子同士のファンが見ることになり、さらに登録者が増えるかもしれない。
いやまあ、俺たち一度コラボしているから増加はないのかもしれないが、「リトルガーデン」としては麻耶を使って他の子の登録者数を増やしたいのだろう。
「それなら分かりました。まあ、俺の具体的な配信に関しては霧崎さんにお願いしてますから、任せますね」
「……了解です」
俺がお願いすると、霧崎さんは少し緊張した様子で頷いた。
「あれ? どうしました?」
「今、迅さんの登録者数ってどのくらい言ってるか知っていますか?」
「あっ、麻耶の登録者700万人突破したみたいですね。よかったよかった」
「いや、あなたのです。ちゃんと聞いてますか? この前の戦いでなんだかんだ1200万人突破したんですからね」
「……ちっ」
「なぜ舌打ちなんですか」
「俺の登録者のうち半分近くがマヤチャンネルを登録していない不届き者たちってことですよね?」
「そこはまあ、好みもありますから。……とにかくです。それだけの規模の配信内容ですから、私としても少し緊張するものなんですよ」
「といっても、基本的に迷宮で戦ってマヤチャンネルを広めるだけですよね? そんな気負う必要ないですよ」
「……はあ、相変わらずですね」
霧崎さんは、俺の様子に苦笑を浮かべていた。
最初に比べると表情も柔らかなものになっていた。
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