第192話
いざ夏祭りの現場へと来ると、道中なんて目ではないほどの混み具合だった。
まあ、夏休みも最後だし、皆思い出つくりにでも来ているのかもしれない。
この空気を含めて楽しむのが祭りなのかもしれないが、俺としては頬がひきつってしまった。
「人多いですね」
「そうだな。危ないし、なるべく人の少ないところを歩いていくか」
「……ですね」
学生っぽい人たちも多くいて、青春をしているのか。
「凛音の学校の人とかもいるんじゃないか?」
「い、いるかもしれません」
なぜか、今更気づいたというような表情の凛音に苦笑する。
「いいのか? 夏休みの最後に俺と一緒で? 学校の人ととかも」
「……それは……別にいいんですよ。お兄さんこそ、良かったんですか?」
「いや、約束してたしな」
「……約束、以上の理由はないんですか?」
「どんな理由だよ?」
俺が問いかけると、凛音はむすーっと頬を膨らませてこちらを睨んでくる。
一体なんだ?
それから、しばらく歩いていると凛音が目を見開いた。
そして、顔を隠すようにうつむいた。
「どうしたんだ?」
「が、学校の人いました……っ」
「まあ、そうだよな」
この祭りは凛音の学園近くで行われているのだから、寮生活が多い生徒にとっては良い遊び場になるだろうし。
明日からまた学校生活が始まるとなれば、最後に思い出作りをしたい人も多いはずだ。
「か、勘違いされちゃうかも……しれませんね」
「勘違いされるかもな」
「か、勘違いされてもいいんですか?」
「まずいな。俺が捕まるかもしれん。まあ、そのときは引率ってことにしてくれ」
「……そうじゃないです。そうじゃないですっ」
凛音は再び不服そうに頬を膨らませ、歩いていく。
といっても、繋いでいる手は離さないようだ。
しばらく二人で並んで歩いていたのだが、少し気になることがあった。
「凛音はそういえば、宿題とかは終わってるのか? ていうか、冒険者育成学園って宿題とかるのか?」
「ありますし、もう全部終わってます。普通の高校と同じように授業もありますし。体育の代わりに、冒険者としての訓練が行われるって感じですかね?」
「なるほどなぁ。それで、今はどこに向かっているんだ?」
「りんご飴を奢ると約束していたので、まずはそれを買いましょう。その後は、花火が見やすいおすすめスポットがあるらしいのでそちらに行きましょう」
「了解。でもらしいって行ったわけじゃないのか?」
「はい。クラスの子に教えてもらったんですよ」
「へぇ、そうなんだな」
凛音の学校での様子を思い浮かべながら、彼女とともに歩いていく。
途中屋台で色々と買ってから、凛音の案内でおすすめスポットへと向かった。
場所は、屋台などが並ぶ場所から少し離れたエリアだ。
先ほどまでの場所と比べると人も少なく、静かで落ち着ける場所ではある。
とはいえ、それでも人はいるもので……何やらカップル同士と思われる人が集まっていた。
皆仲良くくっつきながら、談笑して花火の時間を待っている様子だ。
「ここはカップルにとってのおすすめスポットみたいだな」
「…………」
凛音は顔を真っ赤にしたまま、口をぱくぱくと動かしながら首を横に振っている。
「そういう意味じゃないんです!」という彼女の必死な言葉が聞こえてくるようだった。
からかったときの反応は一番面白いよな。
俺は苦笑しながら、歩いていく
「まあ、落ち着ける場所なのは代わりないんだし、ここでゆっくりしようぜ」
「……は、はい」
俺は凛音とともに近くの段差に腰かけ、屋台で手に入れたものを食べていた。
りんご飴、子どものときは美味しいと思っていたが今食べてみると……なんか甘いな。
そんなことを考えながら食べていると、凛音がぽつりと呟いた。
「お兄さん。……その、レコール島での戦いとか、どうでしたか?」
「ん? まあ、いろいろあったけど、いつも通りだったな」
感想としてはそれしかない。
ジェンスを捕まえたあと、もう一度レコール島に戻って様子を確認したが、すでにほとんど問題は片付いていた。
……ジェンスに至ってはいまだに意識不明だ。
魔力増幅薬の副作用にはいくつかあるのだが、今回のように意識不明で目覚めないというのもあるそうだ。
敵のリーダーが未だ分からない状況なのは不安だが、もうどうしようもないのだから仕方ない。
「お兄さん、私もっと強くなりたいと思いました」
「親衛隊の隊長になるためか?」
「違います。……この前、お兄さんがストームさんと戦っているときにも思ったんです。いつもお兄さんにばっかり頼って……それも、私たちだけじゃなくてたくさんの人が……。でも、お兄さん一人じゃどうしようもない状況だってあると思います」
「まあ、そうだな」
今回だって、麻耶を守り切れたのはみんながいたからだ。
だから、十分感謝しているつもりだ。
それでも、凛音が言いたいのはそういうことではないのだろう。
凛音はじっとこちらを見て、それから真剣な表情とともに言った。
「私、もっと強くなって……お兄さんを守れるくらいになりますから」
「……まあ、凛音ならちゃんと訓練していけば強くなれるからな。大丈夫だ」
「……はい。ありがとうございます」
凛音はぺこりと頭を下げる。
彼女なら、いつかきっと俺と同じか俺よりも強くなれるだろう。
何かのために、誰かのために……そんな目標があるんだしな。
そんな彼女の決意を聞き、あとは花火を見るだけかと思って空を見上げようとすると、凛音が控えめに服を引っ張ってきた。
「そ、それとですね、お兄さん」
何やら顔を真っ赤にしている。
一体どうしたのだろうか?
「まだ何か話したいことがあったのか?」
「は、はい。えーと、……そ、そのお兄さん。私……その……なんといいますか。お兄さんのことが……そのええーと……」
真面目な顔でこちらを見てきた凛音は頬を染めている。
凛音は何かを言おうとして視線を少し外したところで――気付いたようだ。
「って、なんで皆いるんですか!?」
麻耶、流花、玲奈の三人がそこにいた。
三人共浴衣姿であり、麻耶が超絶可愛かった。
「……たまたま見かけた」
「そうそうたまたまだよー」
流花と玲奈がそういうが、凛音はむーっと眉間を寄せて叫ぶ。
「たまたまな訳ないじゃないですか! 魔力とか探知していたんですよね!?」
「いやぁ、そんなことないよー?」
……そんないつもの空気でのやり取りが始まり、俺はそれを楽しんで眺めていた。
いい夏休みの思い出だ。
できれば、これからも変わらずこの日常を送ることができればいいな
俺は打ち上げられた花火を見ながら、そんなことを考えていた。
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