第177話


 俺がソファから立ち上がって挨拶すると、彼は軽く頷く。

 それから、難しい表情で手と手を組むようにして座った。

 武藤さんも用意されていた資料をめくっていき、その音だけが響く中、ぽつりと彼は問いかけてきた。


「……今回の戦い、どうだい?」

「負けるつもりはありませんよ。麻耶と約束しましたし」


 俺がぐっと親指を立てると、武藤さんは苦笑とともに俺の隣に座った。

 よく見ると、彼の手は震えていた。


「……それなら、頼もしい限りだよ。……情けない話をするとね、オレは……かなり不安だったんだ」

「……そうですか」


 まあ、仕方ないよな。

 世界ランキング四位のゴルドがあっさりとやられたのだ。

 もちろん、相性などもあるだろうが、世界でトップに近い冒険者が手も足も出なかった。

 そんな魔物がいる島に行きたいと思うほうが珍しいだろう。


 武藤さんも、俺と戦ってからかなり力をつけているようだが……正直いって、ヴァレリアンどころか、ジェンスと比べても明らかに劣っていると思う。


「これでも、日本のトップ冒険者の一人だけど……まあ、オレはあまり強くなくてね。それでも、さすがに……自分より若い迅くんにすべて押し付けるわけにはいかないと思ってね」

「ありがとうございます。それだけでも心強いです」


 それはお世辞でも何でもない本心だ。

 同じ心意気で戦ってくれる仲間がいるだけで、十分だ。


「すまないね……たぶん、オレらのギルドメンバーじゃ……救助活動に参加するくらいしかできないと思うよ」

「ええ、それで問題ないですよ」


 【雷豪】と【ブルーバリア】には救助活動に専念してもらえれば、それでいい。

 俺は戦うことだけに集中できるわけだしな。


「足手まといにだけはならないようにするさ」

「大丈夫です。覚悟を決めた人たちに、足手まといはいませんから」


 俺がそういうと、武藤さんはそれから頬を叩いて、笑顔を浮かべた。


「……悪いね。愚痴をこぼしてしまって。命に代えても、君が戦いに専念できる環境を作るよ」

「ありがとうございます。ただ、命は大事にしてくださいね。日本を代表する冒険者が減ったら、俺のマヤチャンネルを見る時間が減っちゃうんで」

「はは、分かっているよ」


 武藤さんとともに話していると、スーツに着替えたシバシバが入ってきた。

 ……普段の恍惚としたちょっと頭のネジがとんだ表情ではなくびしっと決めた表情だ。

 自然な感じで化粧もされ、スタイルの良さも際立つ姿であり……それはもうとても美人なのだが、


「お兄様……スーツ姿も素敵です」


 俺と目が合った瞬間、即座に表情が一変。

 いつもの推しに萌えている人間特有のだらしない顔をしていた。

 ……あれ? 俺も麻耶に対してこんな顔していたのか?

 これからは身体強化で顔の筋肉を固定化させようか……。


「シバシバ、準備万全か?」

「ええ。いつでも、何度でもこっちと向こうを移動できるくらいには余裕あるわ。それに――前回みたいなへまなんてしないわ」

「分かった。たぶん、シバシバの空間魔法でかなりの人が救われるからな。頼むぞ」


 シバシバには戦闘に参加させずにとにかく、移動を手伝ってもらえればそれだけでも十分すぎる。

 魔力を回復するポーションも大量に用意されているため、わんこそば形式でシバシバの口に突っ込んでいけば、それはもう無限に移動できるというわけだ。

 シバシバから遅れるようにして冒険者協会の下原さんが中へと入ってきた。


「皆さん、会見が始まります。ご案内しますので、ついてきていただけますか?」


 俺たちは会見の舞台へと向かった。


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