第176話
黒竜の迷宮でひとしきり体を動かしてから、俺は家へと戻ると、そこで会長から着信があった。
俺がスマホを耳に当てると、すぐに会長の声が聞こえてきた。
『……迅さん。レコール島の管理者である【バウンティハント】のレイネリアさんから正式に依頼が来ました。こちら、最終確認になりますが参加ということで大丈夫ですか?』
「ええ、大丈夫ですよ」
『ありがとうございます。それでは、また詳細に関してはまとまり次第連絡いたします』
「はい、お願いします」
通話は短く、それで終わり。
俺は小さく息を吐いてからキッチンで料理をしていた麻耶のもとへと向かう。
「麻耶、大事な相談がある」
声をかけると麻耶はキッチンに向かいながら、首だけを軽くこちらに向けてきた。
「どうしたの?」
「ちょっと、レコール島に行ってくる」
「ん、分かった」
麻耶は笑顔とともに、再び料理へと向かった。
……いつも、この時だけは緊張する。
俺が冒険者として活動することを話したとき。
……迷宮で怪我をしたとき。
麻耶に隠しきれず、話したときは何度もある。
そのたびに彼女は心配しながらも笑顔を浮かべてくれた。
ただ、麻耶が僅かに見せた表情の変化を見逃す俺ではない。
不安を押し込めた笑顔。
両親が亡くなって、俺が冒険者として活動を始めたときに何度か見ることのあったその表情を久しぶりに見てしまった気がした。
俺は小さく息を吐いてから、麻耶のほうに近づいてそれから伝えた。
「お兄ちゃん、約束忘れてないからな」
「え?」
「必ず戻ってくるから。俺が解決したときのために、お祝いパーティーの準備でもしておいてくれよ」
「……うん。それじゃあ、皆で盛大にお祝いパーティーしようね。お兄ちゃんの依頼達成報酬で!」
「ああ、もちろんだ」
「凄い高級なお店とか予約してもいい?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあ、美也さんに相談しよっと」
笑顔ではあるけど、麻耶の本音としては不安もあるだろう。
俺も、まだまだだな。
もっと……もっと強くなって麻耶を安心できるようにしないと駄目だな。
そのためにも、まずはレコール島の奴らを――全力で叩きのめしてこようか。
冒険者協会が行う会見の場に俺は、【雷豪】、【ブルーバリア】とともに参加する予定だ。
別に拒否してもいいとは聞いていたが、まあ武藤さんとシバシバが参加するわけで、下手に俺だけ拒否してもな。
以前インタビューを受けなかったし、あんまり無視して敵視され、あることないこと書かれたら問題だし。
そういうわけで、現在俺はスーツに袖を通して控室で待機していた。
今回の会見に参加するのは、会長と各ギルドリーダーのみだ。……まあ、俺は個人なんだけど。
俺たちはあくまで会長とともに同席し、軽く一言挨拶をする程度。
会見が行われる会場へと入った俺は、そこでスーツに袖を通し、控室で待機していた。控室は高級感あふれる内装だ。
もっとこう、パイプ椅子とか安めの長テーブルとかがおかれているのかと思っていたが、そうではないらしい。
ここは冒険者協会が会見を行う場合に使われる施設であり、さすが国で管理している場所なだけはあるな。
部屋の反対側には、壁一面に広がる大きな窓があった。外から差し込む陽光が、部屋を明るく照らしていた。
窓からは美しい景色が広がり、高層ビルや緑豊かな公園が一望できた。
外には、野次馬と思われる市民たちが集まっており、協会の人たちを中心に多くの人が集まっていた。
凄いくらい注目されてるな。
まあ日本の危機になるかもしれないんだし、当然か。
部屋の中央には長い会議テーブルが据えられ、その上には書類や資料が整然と並べられていた。今回のレコール島に関して、分かっている範囲の情報だ。
俺たちは本日会見を済ませたあと、明日の朝にはレコール島に移動することになっている。
すでに【雷豪】、【ブルーバリア】の中から参加予定の精鋭メンバーたちはヘリで現地に移動中で、俺、武藤さんはシバシバの空間魔法で移動するという形だ。
レコール島につきしだい、【バウンティハント】のリーダーであるレイネリアさんと合流し、具体的な行動へと移っていくそうだ。
現在、レコール島ではレイネリアさんとその部下たちで作り出した結界によって、何とか魔物たちを押さえ込んでいる。
ただ……問題が一点あるそうだ。
今回、現れた魔物たちはブレードマンティスと名付けられたらしいが、こいつらは仲間同士で同士討ちを始めた。
結界によって抑えつけられ、餌がないから……とかではない。そもそも迷宮の魔物って人間を食いはするが、食事が必要な様子はないしな。
問題は……生き残ったブレードマンティスたちがどんどん強化されていっているそうだ。仲間を倒すたびに、まるで人間のような成長をしているのがはっきりと分かっているらしい。
それを命じていると思われるのが、迷宮爆発の原因であるボスーーブラックブレードマンティスだそうだ。
ゴルドを一撃で仕留めたそいつは、結界を破壊できるだけの力を持っているにも関わらず、今もなお結界内にとどまっているらしい。
ただ、レコール島から出ようとする逃走者がいると、その船などを狙って破壊しにやってくるため、逃亡できない状況らしい。
……何を考えているのかは不明。ただ、明確なのは、自身の部下と思われるブレードマンティスたちの能力引き上げであることは間違いない。
ブラックブレードマンティスが死なない限り、ブレードマンティスたちは無限に現れるため、そいつらを使ってレベル上げでもしているような感覚なのだろう。
そして、具体的な作戦だが……今回の俺に与えられた役目は、ブラックブレードマンティスの足止め。
その間にレコール島に残されてしまっている人たちを島から脱出させることだそうだ。
最後に残った俺は、シバシバとともに脱出かシバシバの再現魔法で脱出してほしい、という流れのようだ。
そのあとのこと? それはまだ現在考えているらしい。
全世界の兵力を集め、戦闘を行う予定……ではあるらしいが、果たしてそれがいつになるのやら。
俺は用意されていたソファの感触を楽しむように跳ねながら資料に目を通していると、同じくスーツ姿の武藤さんが入ってきた。
その姿はかなり様になっており、さすがイケメン冒険者として雑誌モデルなどを務めたことがあるだけはある。
こちらに気づいた彼は、アンニュイな様子で微笑んだ。
「久しぶりだね」
「武藤さん、お久しぶりです」
【雷豪】とのコラボでは色々とお世話になった。
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