第173話

 リトルガーデンにある訓練室で、俺は凛音の筋トレを見守っていた。

 この訓練室は、そこらのジム並みに道具がそろっている。

 一応、所属している人たちの体づくりのためらしいが、所属している社員の人もたまに利用している。

 貴重な夏休み。

 多くの学生が遊びに興じている中、凛音は真面目に基礎トレーニングに励んでいた。


「んじゃ、そろそろ休憩で」

「……はい、分かりました」


 ふうと息を吐きながら、ベンチプレスを置く。

 凛音もやはりそれなりの冒険者であるため、見た目からは想像できないほどの重量をやすやすと持ち上げられている。


 恐らく、何も事情を知らない人が見れば思わず二度見はするだろう光景だ。

 汗をぬぐっていた凛音は、それから思い出したように問いかけてきた。


「お兄さん、最近ってニュース見ました?」

「たまにネットサーフィンしてる程度だけど、どうしたんだ?」

「……レコール島の迷宮爆発についてですよ。なんかかなり大事になってませんか?」


 レコール島。

 昨日のことだが、そこで迷宮爆発が起きたらしい。

 ……二日前の夜の出来事だな。俺も寝ていた時に異様な魔力を感じたため、起きてしまった。

 報道などではSランク迷宮『級』と言っているが、そこらのSランク迷宮なんて目ではないほどのものだと思う。


「みたいだな。Sランク迷宮の爆発なんだし、仕方ないっちゃ仕方ないんじゃないか?」

「……お兄さんがこの前解決した『七呪の迷宮』級でしょうか?」

「それよりも、難易度は高いだろうな」


 あそこはあくまでSランクだ。

 今回は恐らく、災害級の冒険者が出ないと対応できないだろう。

 俺の返答は予想外だったようで、凛音が頬を引くつかせていた。


「ま、マジですか……一応世界ランキング四位のゴルドって人が迷宮攻略をするんですよね?」

「らしいな。ちょうど今日、その様子がテレビで報道されるみたいだし、見に行ってみるか?」

「そうですね。……無事、攻略されてくれればいいんですけどね」

「そうだな」


 【バウンティハント】のリーダーがかなりの結界魔法使いらしく、怪我人、死者ともにそれなりには出たそうだが、ひとまず魔物たちを一定の範囲に封印することはできたらしい。

 ただ、迷宮からは魔物が溢れた状態であり、その魔物たちが結界を少しずつ破ろうとしている状況で、そう長くは持たないらしい。


 タオルを首にかけた凛音とともに事務所の休憩室に行くと、同じく気になった様子の人たちであふれていた。

 テレビがつけられており、そこにはレコール島の様子が映し出されている。


 ……どこかのテレビ局が乗り込んで生放送をしているらしい。こんな状況でも行かなければならないなんて、かなりブラックでは? と考えていた。

 凛音とともに眺めていると、同じように待機していた霧崎さんがこちらへやってきた。


「迅さん、凛音さん。お二人もレコール島の迷宮攻略を見に来たんですか?」

「そんなところです。もうまもなく始まる感じですか?」

「はい……。迅さん……どうなるでしょうか?」


 霧崎さんはどこか不安そうに問いかけてきた。

 気づけば皆の視線が俺に集まっている。……この中では俺が一番の冒険者であるため、俺の判断が気になるようだ。


 ただ……俺はゴルドという人間は知らないし、今回の迷宮だって間近で見てきたわけじゃない。

 なので、そう不安そうに見られても俺は何も言えない。

 大丈夫ですよ、というのは簡単だけどもしも失敗したら皆を無駄に喜ばせ、不安にさせるだけだしなぁ。


「正直言って、ゴルドという冒険者も迷宮の規模も見ていないので、分かりませんね。うまく行くことを祈りましょう」

「……そうですね」


 俺が答えたそのときだった。

 歓声のようなものが上がり、一人の男性が建物から姿を見せた。


『今現れました! 世界ランキング四位、ゴルド・フィッシャーマンさんです!』


 にこやかに現れた彼は、年齢で言えば四十ほどだろうか?

 報道陣に対して楽しそうに手を振っていて、これからまるで最高難易度の迷宮に挑む冒険者とは思えない。

 彼はああいう目立つようなことが好きなタイプなんだろうな。


 ゴルドの周りにいる冒険者たちは、【バウンティハント】の人たちだろう。

 真剣な眼差しでともに歩いている。

 

 皆がしっかりとした装備を身に着けているし、その本気度がうかがえる。

 ゴルドは報道陣に奇策な様子で手を振って歩いていき、結界の近くまで進んでいく。


『”それでは、これより世界最強の災害級様による、迷宮攻略を開始していきましょうか”』


 世界最強、という言葉を強調するように発言したゴルドはそれからまっすぐに結界の方へと向かっていく。

 結界近くには、人型のカマキリの魔物――ブレイドマンティスたちが結界をじっと見ている。


 ……攻撃、していないのか。

 結界を破るために攻撃しているのかと思っていたが、魔物たちはまるで様子を窺うようにじっとしているだけだった。


 そんなことを少し疑問に思った次の瞬間だった。

 ゴルドの体から魔力の玉が現れた。


 ゴルドの背後で浮遊していた魔力の玉たちは、ゴルドが片手を結界へと向けた瞬間に打ち出されていく。

 魔力の玉は凄まじい速度で向かい、結界を突き破り、ブレイドマンティスへと着弾する。

 次の瞬間だった。大爆発が起こり、魔物ともども街が吹き飛んだ。


『”街のことは悪いが、まあ必要な犠牲と思ってくれや”』


 ……まあ、この状況だ。まずは魔物たちの処理が先だろう。

 ゴルドは結界の外から攻撃を連続で放っていき、集まっていたブレイドマンティスたちを一掃していった。

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