第169話


「確かに、今の有原と皆の間には結構差があるな」

「そうでしょ? 今流花ちゃん、凛音ちゃんはたぶんBランクに近いくらいあるじゃん? 麻耶ちゃんもたぶん、Cランク半ばくらい? あーしはDランクの半ばくらいって感じっしょ? せめて麻耶ちゃんに追いつくくらいじゃないとさ。たまにみんなで迷宮入るときもあるんだけど、基本あーしに合わせてもらう感じでちょっと申し訳ないっていうか」

「……なるほどな。だから、最近は一緒の訓練とかじゃないんだな」

「まあ、ね。だって、あーしに合わせてたら他の人たちってあんまり練習にならないっしょ」


 ならない、ってことはないが……確かに有原のいうことも納得はできる。

 思っていた以上に強くなることに色々と頭を悩ませていたようだ。

 ……なら、もっと厳しめに訓練していくか?


「よし、分かった。なら今以上にぎりぎりの戦闘を繰り返していったほうがいいのは確実だな」

「……つまり、ぎりぎりの難易度で戦っていくってこと?」

「そういうわけだ。つまりまあ、休みなくどんどん戦ってもらうわけなんだが……」

「……マジ?」

「マジ」


 俺が笑ってみせると、有原は頬を引きつらせていた。


「ちょっとお兄さんドエスじゃない?」

「でも、成長したいんだろ?」

「……まあね」


 話も終わったところで、彼女と再び階層へと戻っていく。

 階層を二つほど下に降り、先ほど話した通りぎりぎりの戦闘を行わせていく。

 まださすがに厳しいところはあるので、怪我しないよう常に俺も見張りながらの戦闘だ。


 ……モデルだから万が一怪我とかあったら大変だからな。

 そうして、何度かの休憩を挟みながら戦闘を行っていく。


「ていうか、お兄さんって色々な人に指導してるんだよね?」

「まあな」


 先ほどのチーム『お兄ちゃんズ』のメンバーはもちろんそうだし、最近ではリトルガーデン所属の子たちの面倒も時々見ている。

 今後、もしかしたら冒険者指導を行っている学園などとも定期的にやっていくかもしれないので、さらに機会は増えるかもしれない。


「大変とか思わない? ほら、あーしとか結構手のかかる生徒でしょ?」

「自分で言うのか?」

「別に、隠してもしょうがないしさ。あーし、面倒な性格してるのは分かってるしさ」

「いや、こんくらいは可愛いもんだ。気にするな」

「へぇ、あーし可愛いもん? じゃあ、もうちょっとわがままとか言っても大丈夫?」

「内容によるな」


 パン買ってこい! とか言われたら却下だ。


「それじゃあ、あーしのことも名前で呼んでくれない?」

「名前で? そのくらいでいいのか?」


 想像していたよりもずっと難易度の低いお願いだ。


「うん、だって、あーしとだけなんか距離感あるっしょ? 他の皆は名前とか愛称とかで呼んでるわけだしさ」

「あー、そういえばそうだな」


 流花や凛音は、本名と配信者の苗字が違うため俺は勝手に名前で呼んでいた。その方がうっかりミスもないと思っていたからだ。


「そんじゃ、これからは美也って呼んでいくから」

「それじゃあ、あーしも迅って呼ぶからね」

「別に構わないぞ」


 俺が答えると美也は嬉しそうに笑っていた。


「なんかめっちゃ距離縮まった気しない!?」

「呼び方一つで変わるもんか?」

「変わるもんなのっ。よし、休憩もう大丈夫。行くよ、迅!」


 美也はすっかり上機嫌になっている。よく理由は分からんが、楽しそうならいいか。


 再び戦闘を開始してすぐの時だった。彼女のスマホが音を上げた。


「え!?」


 とはいえ、今は戦闘中。美也も驚いたようすで魔物に隙を見せてしまったので、俺が割り込んで魔物の顔面を掴んで地面に叩きつけ、そのままめり込ませた。

 キノコみたいになった魔物は、そのまま霧になって消滅し……美也が慌てた様子で声をあげる。


「げ? え!? もうこんな時間!? げ!? アラーム入れるの忘れてた!」

「あれ、今日仕事だったのか?」

「仕事っていうか、軽い打ち合わせ……事務所に行かないとなんだけど……まずい、どうしよ……っ」


 美也は慌てた様子で恐る恐るという様子でスマホの着信に出た。

 俺も近くで彼女の様子を伺っていると、会話が聞こえてきた。


『美也、今どこですか? そろそろ打ち合わせの時間ですけど……』

「……え、えーと……こ、黒竜の迷宮……なんだけど……」

『え!? もう……またですか……っ。最近、迷宮に入りすぎじゃないですか!? カワイイ美也に何かあったらどうするんですか!?』

「いや、あーしは迅がいるからまったくもって大丈夫なんだけど……」

『じ、じじじじじじじじじ迅んんん!?』


 なんか美也のマネージャーの絶叫が聞こえてきた。

 美也も驚いたようでスマホを耳から離し、少し困惑した様子で問いかけている。


「え? 何? どしたん?」

『な、なぜ名前で呼んでいるのですかぁ!? それも、愛情たっぷりの呼び方でぇぇ!』

「いや、愛情たっぷりまでは込めてないんだけど。別に呼び方とかどうでもよくない?」


 ……え?

 さっき、呼び方一つで変わるとか話していなかったか?

 隣で疑問を覚えていると、美也のマネージャーが慌てた様子で叫んだ。

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