第161話


『いや、これは他でもない政府からの相談でな。急に行方を眩ませてしまったらしい。まあ、オレにそう言わせて世間の目をそらさせるのが目的かもしれないが……ジェンスは迷いなくアメリカを脱出したようでな、どうにも、あいつは他にいくあてがあるみたいなんだよな』

「他に? 他の国のスパイとかだったとかか?」

『可能性はあるかもしれない。どちらにしろ、あいつはかなりジンに逆恨みしているようだったからな。一応、相談しておいたというわけだ』

「……なるほどな。そういうことか」


 政府から逃げ出して、単身日本に乗り込んできて……俺に攻撃をしてくる可能性もないかもしれない、ということか。

 あるいは、俺ではなく周りの人間へ危害を加える可能性だってある。

 少なくとも、俺がジェンスの立場であれば、これだけ力量の差は見せたんだ。直接俺に攻撃してこない可能性も十分に考えられた。


『まあ・おまえなら大丈夫だとは思うが、気は抜かないようにな』

「了解だ。ありがとな」

『いや、気にしないでくれ。こっちの勘違いで色々と迷惑をかけたことだしな。また退院できたら、食事でも奢らせてくれ』

「分かった。高い店探しとくよ」

『はは、そうしてくれ。それじゃあな』


 通話は途切れた。

 ヴァレリアンの奢りとなれば、その時は流花でも連れていくとしようか。

 ひとまずは、ジェンスか。

 あいつの魔力はすでに覚えているので、何かしようとすればすぐにでも動くことはできる。


 ただ、気を抜くつもりはない。

 麻耶やその他周りの人たちに危害を加えるというのなら、全力で対応するだけだ。

 しばらく待っていると、下原さんがやってきたので、俺は彼とともに迷宮へと移動した。





 ヴァレリアンにやられた傷もまだ完全には癒えていなかったジェンスは、それでも監視の目を盗み、アメリカを脱出していた。

 アメリカを抜け出したジェンスはいくつかの国を経由した後、ある船に乗りこんだ。


 そこにこそ、ジェンスの真の主がいるのだ。

 アジトのリーダーの部屋へと向かったジェンスは、そこに待っていた一人の男の前に立ち、肩をびくりとあげた。

 彼の鋭い眼光にさらされたジェンスは、ヴァレリアンを目の前にしたときのように――その時以上に体を震わせていた。


「ジェンス。ニュースは見たぞ」

「……ルーファウス様」


 ルーファウス・アーデルト。

 世界ランキング一位。

 表舞台にほとんど出てこない世界最強の男。


 彼は、かつて一度だけストームと戦い、圧倒したことがある……というだけでほとんどその情報は表には出てきていなかった。

 彼の左右には似たような姿をした二人の女性もいた。どちらもメイド服を着ている彼女らは、無機質な表情とともにジェンスを見ていた。


 その二体は、現在この組織で開発中の戦闘型アンドロイドの試作機だ。ジェンスはしばらくアジトには帰還していなかったのだが、人間らしい姿へとなっていた戦闘型アンドロイドを見て、僅かな驚きを抱いていた。


「おまえ、しくじったらしいな」


 だが、そんな驚きもすぐに恐怖へと変わる。

 鋭い目に射抜かれたジェンスは、唾を飲み込んでから深く頭を下げた。


「は、はい……申し訳ございませんでした」

「まあ、いい。冒険者たちの情報は十分手に入ったからな」


 ルーファウスは興味のなさそうな目で、ジェンスをちらと見て席から立ち上がる。


「……る、ルーファウス様! 私はまだ新世界の王の右腕としてのチャンスを頂けるでしょうか?」

「オレの右腕、だと?」


 ルーファウスはぽつりとそう言ってから一瞬でジェンスの懐へと入り、胸倉を掴み上げた。

 まったく反応できなかったジェンスは痛む体を揺らしながら、彼をじっと見た。


「る、ルーファウス様……っ」

「笑わせるな。我が組織におまえのような雑魚は不要だ」

「わ、私にもう一度チャンスをください!」


 ルーファウスの魔力が増幅した瞬間、ジェンスは命乞いをするように声をあげた。

 その声を聞き、ルーファウスの魔力がぴたりと止まる。

 ジェンスはその隙を見逃さず、間髪入れずに叫んだ。


「魔力増幅薬(エーテルターボ)を私にください」

「なんだと?」

「私がそれを使用すれば、災害級のジンに対しても勝てるはずです」

「……なるほどな」


 この組織が開発している魔力増幅薬。

 現在、裏ルートを使い、人体実験のために外へ出しているこの魔力増幅薬は確かに肉体を強化するが様々な副作用が出ている。

 ジェンスはじっとルーファウスを見ていると、彼は胸元から一つの錠剤を取り出し、放り投げた。

 ジェンスは慌ててそれを掴み、深く頭を下げてその場を後にした。


―――――――――――

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