第129話
しかし、有原は言いよどんでいる。
俺の顔色を窺うようにちらりとこちらを見た。
「モデルとかの部分で問題とかあるのか?」
「あっ、それは大丈夫だけど」
「なら、ほれ。外したらいいんじゃない?」
「……いやー、でも、……可愛くないし」
「かっこいいことだしいいんじゃないか?」
〈なんだ?〉
〈そういえば、有原ちゃんが手袋外してるの見たことないな〉
〈何かあるのか?〉
俺たちのやり取りだけでは分からないコメントが困惑そうにしている。
まあ、有原が嫌だというのに無理強いはしなくていいか。
そう思っていると、彼女はすっと手袋を外した。
手の甲側は綺麗であったが、手のひら側は剣を振っていることもあり皮膚が堅くなっている。
こちらに手を向ける有原はどこか恥ずかしそうにこちらを睨んでいる。まるで、裸でも見せたかのような反応である。
ひとまず俺はその手をじっとカメラで映し、
「こういうわけだ。有原は皆が考えている以上に本気で冒険者活動に取り組んでるんだからな」
〈……え? マジ?〉
〈お兄さんは知ってたの?〉
「前に雑誌の撮影があったときにそんな話をしてな」
〈マジかい……〉
〈なんか、意外かも……〉
「だってさ。これぐらい言わないと伝わらないぞ?」
「もう! 別にいいっての」
いい、とは言う割に気づいてもらえないとむっとするんだからな。
彼女はこれまでにコラボしてきた人たちと比べれば大人だけど、そういった精神的な部分は幼いな。
霧崎さんの言っていた面倒というか気難しい部分がある、というのはこういうことなんだろうな。
彼女は恥ずかしそうに手袋をつけなおし、少し赤くなった頬でこちらを見てくる。
「それで? 今日の迷宮の入り口ってここだよね?」
彼女がくいっと親指で大きな扉を示した。
今俺たちがいるのは迷宮の一階層から二階層に繋がる階段の前だ。
普段ならば通ることができるのだが、今は両開きの扉によって閉じられてしまっている。
近くにはボタンのようなものもあり、明らかにこれで開けてくださいとばかりだ。
「そうそう。つい最近成長を始めたらしくてな。協会から攻略してほしいって話を今朝もらって急遽行く迷宮を変えたってわけだ」
「ほんとびびったし。あーし、普通に黒竜の迷宮に行こうとしていたところだったんだけど」
「悪い悪い。そういうわけで、今のこの迷宮はなんか仕掛けが多くあるらしいんだよ。この迷宮攻略したら協会から報酬は出るし、俺は配信のついでにできるしで一石二鳥だろ?」
「あれ? あーしの都合は?」
〈草〉
〈素直すぎるぞw〉
「安心しろ。迷宮はDランクらしい。今の有原には朝飯前だろ?」
「いやー、あーしこの前Dランクにあがったばっかりでまだソロで戦うとかは絶対できないんですけど」
「そこはほれ、気合だ気合。それで、この迷宮なんだが、最初の扉の横にあるスイッチを押すと開くんだ」
俺は扉の横にあるスイッチを押す。すると、押している間だけ扉は開き、手を離すと再びしまった。
「こんな感じで色々な仕掛けを解除して進むタイプの迷宮だ」
「あー、ゲームでよくある感じじゃん。でも、これだとあーしかお兄さんのどっちかがここに残って扉を開ける必要があるよね?」
「そうだ。協会がはじめ攻略しようとしたらしいんだけど、かなりの人員を割く必要があるらしくてな……予算の都合がつかない。最低でもすべての仕掛けを突破して、ボスモンスターとの戦闘人員を確保することを考えると……分かっているだけでも40人くらいは必要らしい」
「うへー、そんだけの人を用意するとか、お金めっちゃかかりそう」
「そういうわけだ。協会はもちろん、ギルドだってそんなに人使って攻略しても非効率だからな。そういうわけで、俺に白羽の矢がぶっ刺さったわけだ」
「どゆこと?」
〈お兄さんだとしても〉
〈俺、なんとなくこの後の展開分かったぞ〉
〈あっ…(察し)〉
コメントたちがネタバレをする前に、俺は足を振りぬいた。
激しい音をあげ、吹き飛ぶ扉。
開通した道に視線を向けてから、俺は美也を見る。
「こういうこと」
〈ですよねー〉
〈必死に仕掛け作ってる迷宮さんが可哀想……〉
〈迷宮さん涙目だろこんなんw〉
〈相変わらずお兄ちゃんは凄まじいなw〉
「わお、乱暴じゃん」
「そういうわけで、こういう面倒な仕掛けがある迷宮はこうやって突破したらラクだからおすすめだ」
「いやいやいや、あーしはそんな脳筋じゃないから無理無理。視聴者だってほとんど真似できないっしょ」
「まあ、できるように訓練しないとな」
「えー、そんな日来るの?」
「頑張ればいつかはな。よし、再生する前に先行くぞ」
この扉も迷宮の一部なので破壊しても再生が始まってしまう。
その前に、俺たちは第二階層へと繋がる階段を下りていった。
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