第127話

 ただ、今この場で日本が会長を失うことのほうが問題だ。

 次に協会のトップに立つべき人間は……誰になる? 現状、協会は人手不足だ。

 すべての冒険者を従わせられるだけの力を持つ人はいない。

 第一、彼がいなければ日本の冒険者協会は今以上に他国からいいように利用されるだろう。


「まあ、こっちも向こうが何もしてこないなら情報を公開するつもりはないです。公開しない、ということで向こうにとって弱みになりますしね」


 それに、後に何も残らなくなった人間が何をするか分からない。

 それこそ、麻耶や周りの人間を狙って攻撃してくる可能性だってある。

 わざわざ向こうを挑発するようなことはしなくていいだろう。


「分かりました。このデータに関しては私の命に代えても必ずお守りします。迅さんの身に何かあった場合、私の会長の立場を賭けてでもあなたを助けに参ります」

「……い、いえそこまでしていただかなくても」

「迅さんがどんな理由で日本に残ってくださったかは分かりません。ですが……協会としては迅さんが日本にいてくれるだけで、とても心強いのです。それに万が一私に何かあっても下原が協会を守ってくれますから」

「え!?」


 突然名指しされ、下原さんが驚いたようにそちらを見る。


「本人驚いていますよ?」

「演技です」

「い、いや……さ、さすがに私には荷が重いといいますか……」

「本人も任せてください、と言っているでしょう?」

「会長?」


 下原さんが頬を引きつらせているが……まあこの二人はこういう関係なのだろう。

 これで、万が一に備えての保険もできたな。


「それじゃあ、今日は時間を割いていただいてありがとうございます」

「いえいえ、大丈夫です。それではまた何かあれば、お話ください」

「ありがとうございます。それでは」

 

 会長にすっと頭を下げてから、俺はシバシバの空間魔法を展開する。

 今日は次の配信についての打ち合わせもあるからな。

 軽くあくびをしながら、俺は事務所へ向かった。




 ここ最近、あまり配信できていなかったが、今回はその打ち合わせのようだ。


「それで早速ですが……今度の配信をして頂きたいと思いまして、色々と話はあるのですが……とにかく、次の配信で必ず触れていただきたいことがあります」

「なんでしょうか?」

「……【スターブレイド】のスカウトの件になります。ネットなどでは、今度こそ迅さんがアメリカに行く、という話題で持ち切りなのですが……それに関して配信できちんと迅さんから話したほうが良いかと思いまして」


 またその名前か。

 あまり積極的に出したい話題ではなかったが、仕方ない。


「了解です」

「……それで、なのですが……本当に良いのですか? 【スターブレイド】に入れば、富、名声、力、この世のすべてが手に入りますよ?」

「海賊王に興味はないので。それに、どんなものが手に入っても麻耶との日常以上のものはありませんから。……ていうか、実際もう直接断ってるんですよ」

「……直接? まさか、事務所からの断りのメールを無視して、迅さんに会いに行ったんですか?」


 少し霧崎さんは怒った様子で眉間を寄せる。


「気にしないでください。……それに、下手に刺激したら彼らは何をするか分かりません。あいつらの対応は俺のほうで行いますから。霧崎さんに何かあったら俺が困ります……」


 麻耶の配信とかんも支障出るかもしれないし。

 俺が答えると、霧崎さんは少し赤くなった頬をかいている。


「そ、そうですか……? ですが、申し訳ありません。事務所の力不足でして……」

「いえ、助かっていることも多くありますから」


 ……俺宛のメールや仕事の依頼は今もかなりあるからな。

 事務所がそれなりの規模であり、その力で基本断ってもらっているおかげで、俺の家にまで押しかけてくるような迷惑な人も今のところ出ていない。


 とはいえ、事務所にもつながりというものがあるので、この前の雑誌の撮影などは協力しているわけだ。

 なんでも『リトルガーデン』の子を定期的に撮影しているらしく、仲よくなればいずれは麻耶の雑誌も出してくれるかもしれないからな……っ!


「それにしても……断ったとはいえ、凄いところから誘いありましたよね……迅さんも多少は心動くものはなかったんですか?」

「いや、あんまりですかね。ギルドの力が必要なら自分で作るか、例えば【ブルーバリア】や【雷豪】とか連絡先の知っている人に協力してもらえば今はいいですし」


 ていうか、シバシバには魔力をもらう代わりに色々と手を貸している。

 主にシバシバの鍛錬に付き合っているのだが、そういったこともあり【ブルーバリア】の人々とは結構仲が良い。

 ……最近では「お兄様!」と妄信的に叫んでくるため、教祖になったような気分で怖いんだけどな。


「そうですか。……相変わらずですね」


 くすりと霧崎さんが微笑み、それから話を戻した。


「それでは、配信では断ることを話すようにお願いします。ネットなどでは迅さんのフェイク情報が出回っていて、もう迅さんはギルドに入ることが確定している、なんていう記事もあるんですよ。それで、事務所にも心配するようなメールがよく届いているんです」

「そうなんですね」

「まあ、今回来られたジェンスという方は、これまでスカウト率100%のようなんですよ。それも、無名な人ではなく高ランクの冒険者ばかりを対応してそれですので、皆心配しているんですよ」


 100%、か。

 そして恐らく、その仕組みが明かされるまではきっと変わることはないだろう。

 ……正直、最初はそのままでもいいか? とか思っていたが……世の中でその被害を受けている人もいるよな。


 ただ、こちらとしても相手の弱みを握っておかないと、向こうが特攻してくる可能性もある。

 その特攻が麻耶なら別に俺が近くにいるから完全に守れる。

 ……だが、「リトルガーデン」の誰かに行ったら?


 守るべきものが増えてしまったな。


―――――――――――

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


『楽しかった!』 『続きが気になる!』という方は【☆☆☆】や【ブクマ】をしていただけると嬉しいです!


ランキングに影響があり、作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る