第126話



 ジェンスたちは借りていたホテルへと戻ってきていた。

 帰る途中、治癒魔法で傷の治療は行ったのですでに迅から受けたダメージはないのだが、皆の表情は重たかった。

 その中でもジェンスの表情は他の三人とは違った。

 屈辱、憤怒――そういった表情を浮かべ、魔力を放つ彼に残りの三人は体を震わせていた。

 Sランク冒険者でさえも震え上がらせるほどの魔力を持つジェンスに、他の人たちは恐る恐る声をかける。


「ジェンス様。なぜ本気で抵抗しなかったのですか?」

「私が、本気じゃなかったというのか……っ?」


 怒りとともにその問いを投げてきた者の胸倉をつかみ上げた。


「で、ですが……あのときのジェンスさんは武器を使っていませんでしたし、他の属性魔法も使っていませんでしたよね?」

「確かに、そうだ。私は殺すためにきたわけではないからな。……だが、四肢をおるつもりで攻撃したのは事実だ」

「……それじゃあ、彼は……世界ランキング7位のジェンス様以上に……強い、ということでしょうか?」

「……もちろん、本気で命のやり取りをしたら分からない。だが――私はSランク冒険者といえでも、あそこまで一方的に制圧はできない」


 ジェンスはそう言って、三人を見る。

 迅があまりギルドなどに興味を持っていないため、断られる可能性もゼロではないとは分かっていた。

 だからこそ、最終手段として実力行使ができるようにえりすぐりのメンバーを連れてきたのだが、結果はこの通りだった。


「……どうするのですか、ジェンスさん。ミスタージンに、こちらの弱みまでも握られてしまいましたが……」

「それについては、取り返せばいい。……うちには脳筋馬鹿がいるからな」


 ジェンスはそう言ってから、スマホを取り出した。

 連絡先はアメリカ。

 

『”なんだ、朝っぱらか野郎の声を聞く趣味はないんだが? ジェンス”』

「”ああ、そうですヴァレリアンさん”」


 【スターブレイド】のリーダーだ。


『”そういや、今は協会の仕事で日本に行ってるんじゃなかったか?”』

「”ええ、そうなのですが……少し厄介な問題がありまして……”」

『”厄介?”』

「”ええ。今回ジンという日本最強の冒険者をスカウトしにいったら……突然攻撃されてしまいまして。全員命からがらなんとか逃げてきたんです”」


 ジェンスは嘘をついた。

 ヴァレリアンは仲間思いの人間だ。

 だからこそ、協会からの出向という形であっても、【スターブレイド】に所属している人間が傷つけられたとなれば、何かしらの動きを見せる。


 だからこそ、ジェンスは嘘をつき、迅とヴァレリアンがぶつかるように画策したのだ。

 電話越しであったが、ヴァレリアンから怒気が伝わり、ジェンスは口元を緩める。


『”……なんだと? 確かにジンは頭のネジが外れたような冒険者と効いていたが……そんなに野蛮なのか?”』


 ヴァレリアンの声が怒りによって震えている。

 ジェンスはそのヴァレリアンの実直な性格を脳筋馬鹿、と揶揄しそれを利用しようと考えていた。

 もちろん、バレた場合……ジェンスが半殺しにされる可能性もある危険な行為だ。

 だが、ヴァレリアンが迅を弱らせたところで、ジェンスが洗脳魔法で迅を制圧してしまえば、バレる可能性は低いと考えていた。

 何より、ジェンスとしては迅にプライドを傷つけられたことが腹立たしかった。多少の危険を冒してでも、彼を地面に這いつくばらせることができればそれでよかった。


「”本当に大変でした。……いまから我々は……アメリカに戻ろうと考えていますが――”」

『”いや、待て。オレが時間を作って日本に行く。ジンとやらに、礼をしてやらんといけないからな”』


 ばきっと、何かが割れる音がしてそこで通話も終了した。

 ヴァレリアンが怒りでスマホを割ったのだろう。

 計画通り、とジェンスは口元を緩める。


「うまく行きそうだ。あの馬鹿は相変わらず使いやすいな」

「……ですが、ミスタージンは英語も話せますし……真実を話されたら困りませんか? ジェンスさんの洗脳魔法は協会しか知らないことですし……それこそ、ヴァレリアンさんに知られたら――」

「安心しろ。ヴァレリアンには会わせる前にたっぷりと嘘で怒りをためさせるさ。……ボロボロになったあとで、オレがジンの記憶を操作して、アメリカに連れて帰れば終わりさ。ヴァレリアンの強さに惹かれた……とか理由づけもできるしな」


 ジェンスは迅の顔を思い浮かべながら笑みを浮かべる。

 先ほど受けた屈辱のすべてを返し、政府の仕事もこなし、ミスも帳消し。

 完璧すぎる作戦に、ジェンスは笑いが止まらなかった。




 俺はジェンスとのやり取りに関して、音声データとともに冒険者協会の会長へと提出した。


「――というわけで、色々ありました」


 俺が会長に伝えると、会長は申し訳なさそうな表情とともに頭を下げてきた。


「……申し訳ございません。こちらとしても、日本政府から状況提供するように言われてしまっていました。まさか、あの者がそこまでの強行を行おうとしていたとは露も知らず……冒険者を守る立場である協会がこんな体たらくで、本当に申し訳ございません」


 会長は深々と頭を下げる。俺をここまで案内してくれた下原さんも同じように頭を下げる。

 ……俺の対応は下原さんの担当、みたいになってるよな。


「まあ、別にそれはいいですよ。ネットとか見ると結構我が家特定されてますし。ただ、さっきお渡しした音声データは会長たちにもお預けしておきます」

「……我々に、ですか?」

「ええ。今後、俺や友人に何かあったときのために、渡しておきたいと思いまして。例えば、今度こそ俺に洗脳魔法がかかった場合、そのデータを公開してもらうとかですかね」

「……また、ジェンスが何か仕掛けてくる、と?」

「ええ。ジェンスの目の奥には、野望というか……熱がありました。まあ、何もしてこなければそれでいいんですけど」

「そうですか。分かりました。……それでしたら、先に公開してしまって【スターブレイド】とアメリカの冒険者協会に抗議しましょうか?」


 ……それは会長の立場では難しいものがあるのではないだろうか?

 日本とアメリカの関係は、冒険者という職業が出てからさらに日本側が弱くなってしまった。

 日本は迷宮や冒険者関係で初期対応で大きく問題を起こし、優秀な冒険者が育つ前にいくつもの迷宮爆発で被害を受け、アメリカにその尻ぬぐいをしてもらったからだ。


「会長の立場が危ぶまれるんじゃないですか?」

「仮にそうだとしても、あなたは日本の冒険者です。私の立場だけで、あなたを守れるのでしたら、こんな老人いくらでも使いますよ」


 真っすぐにこちらを見てくる彼は本気だ。





―――――――――――

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