第111話





 「リトルガーデン」の事務所の休憩室。

 麻耶、流花、凛音、玲奈の四人は椅子に座り、お菓子を食べながら談笑をしていた。

 特に打ち合わせ、というわけではなくたまたま休憩時間が重なり、一緒に雑談を楽しんでいたのだが。


「そういえば……麻耶ちゃん。今度、迅さんが雑誌の撮影をするって言っていたけど……それの詳細って決まった?」


 流花の問いかけに、麻耶はこくりと頷いた。


「決まったみたいだよ? 今度の日曜日にモデルさんと一緒に撮影だって。すごいよねー」

「やっぱり、モデルさんなんだ……」


 流花が問いかけると、露骨に表情が険しくなる。

 ただ、それは流花だけではない。凛音と玲奈もだった。

 彼女らに共通しているのは、迅を想う部分だ。

 麻耶は三人のどこか張り詰めた空気を的確に察知し、それから口元を緩める。


「そうなんだよね。美也さんっていう人、結構有名なんだよね?」

「……まあ、それなりに。今若者の間で人気で、私の学校の人がお兄さん羨ましい……って話してた」

「……私は、友人が発狂してましたね。結構ガチのお兄さんのファンなので」

「あたしはあたしが発狂しそうだよ! あたしのダーリンに万が一のことがあったら許さないよっ」


 三者三様の反応だ。

 しかし、麻耶は彼女らが抱いた気持ちについてはしっかりと理解していて、少しからかうようにぼそりと言ってみる。


「美也さんって結構はっきり物を言う人なんだっけ? お兄ちゃん、ああいう人の面倒見いいからなぁ。もしかしたら本当に万が一のことがあるかもだよねっ。そしたら私のお姉ちゃん増えるかも!」

「「「……」」」


 麻耶は半分冗談気味のつもりでそういったのだが、三人の表情がぴきっと固まった。

 それから、三人はぼそぼそと会話を始める。


「……どうするの?」

「……ど、どうするといいましてもどうもできないといいますか。撮影のときに何も起きないことを祈るしかないといいますか」

「……だとしても、何かしておかないと、事前にお兄さんに匂いつけておくとか」

「そんな動物じゃないんですから……」

「でも、何かこうアピールできるようなプレゼントをしておくのはありかも。彼女がいると思わせるような……指輪とか?」

「それは行き過ぎですよ!」

「じゃあ、どうする? 式あげとく?」

「だから極端ですって……!」

「じゃあ凛音。何かいい案ない?」

「え? えーと……婚姻届にサインしてもらうとかってそれも行き過ぎですよ! ああ、もう! とにかく何もないことを祈りましょう! お兄さんからしたら年下も年下なんですから! 何かあったら大問題ですよ!」

「それってあたしたちにもブーメランなんだよね」

「「……」」


 打ち合わせを終えたところで、三人はがくりと落ち込んだ様子だった。

 麻耶はあははーと頬をかきながら、自分の兄について思い出していた。


(お兄ちゃん。このままだとみんな玲奈ちゃん級の暴走列車になっちゃいそうだよ?)


 とは思ったけど、麻耶としては面白いので何も迅に伝えることは考えていなかった。

 今この瞬間を、麻耶は全力で楽しんでいるのだった。



「ファッション雑誌の撮影……って正気ですか?」

「正気ですよ」

「はー、偉い人の考えることはよく分からないですねー」


 霧崎さんとともに雑誌の撮影が行われるという公園へと足を運んでいた。

 今回、俺のところにきた仕事はファッション雑誌の撮影だそうだ。

 迷宮関係の仕事、ではあるが俺の予想していたものとは少し違う。


 ただまあ、迷宮関係者以外も見てくれるため、麻耶のチャンネル登録者数にも影響が出るかもしれないとのことで快く仕事を受けてしまったが、疑問自体は残っている。


「私も初め驚いたものですが、迅さんスタイルいいですし、知名度も今となっては抜群ですからね。若者向けの雑誌ですので、迅さんほど適任者はいない、とのことです」

「まあ、俺としてはマヤチャンネルに関して載せてくれるとも聞いているから別にいいんですけどね。俺のファッションなんていつも通りのこれですよ?」


 フード付きの服と適当なパンツを履くくらいだ。

 とてもではないが雑誌の参考にはならないだろう。


「もちろん、撮影のときは向こう側で用意したものを着用していただきますから安心してください。若者の冒険者が憧れるようなコーディネートをしてくれるそうですよ」

「若者の冒険者ってのは迷宮でおしゃれするものなんですかね? 迷宮でおしゃれする必要ないですよ?」

「いやまあ迅さんはそうかもしれませんが……今の若者たちにとって迷宮というのは一つの出会いの場なんですよ」

「……え? マジですか?」

「マジです。パーティーを組むついでに仲良くなって、プライベートでも会う関係になる……っていうのはわりとよくある話みたいですよ?」


 そういわれると、確かに出会い系アプリとしての使い方もできてしまうのかもしれないと思う。

 冒険者協会で管理している迷宮関係のアプリは、自分の冒険者カードを利用する以外の方法では登録不可能だ。


 そのアプリでは近隣の迷宮の情報や、掲示板でのパーティー募集などもできるのだが……政府が管理しているため、変な業者やサクラがいるとかはない。

 まあ、たまに悪徳業者が悪用のために使っているとかは聞くが、それでもすべて国で管理している個人情報だからな。


 そういう意味では、比較的出会い系アプリとしてみれば比較的安全だ。

 何より無料だしな。

 俺も麻耶も登録自体はしているし……つまり!?


「まさか麻耶にも変な奴に狙われるかもしれないってことか!」

「すでについていると思いますが……」

「何か知ってるんですか!?」

「いえ、迅さんが変な奴じゃないですか……」

「なるほど、それ以外ではいないですね!?」

「冗談のつもりだったのですが納得するんですか……まあ、他にそういった話は聞きませんね」

「それならよかったです」


 ほっと胸を撫でおろす。

 麻耶の安全が分かれば、あとは別にどうでもいいのだ。



―――――――――――

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