第90話
……いや、違うな。変人である玲奈が、さらに変人であるシバシバを呼び寄せたというのが妥当な線ではないだろうか?
しばらく落ち着くのを見守ったところで、玲奈がぽつりと問いかける。
「それで、あのヴォイドだっけ? 人間の言葉を話す魔物についてはどうだったの? あたしはなーんかいやーな魔力を感じ取ったくらいだったんだけど、実際に対面したお二人さんはどんな感想なの?」
「お兄様が素敵、だったわね」
「魔物の印象聞いてるの。強かった?」
「強かったわね。こっちの攻撃は全然通用しないし、魔法も封じられるし……私も別にSランク冒険者として強いほうではないけれど、それでも……あいつはCランク迷宮のボスとしては考えられないわ。なぜか、迷宮の核である魔石も体にあったしね」
「そうだよね。あたしもテレビとかの映像で見てたけど、なんかおかしかったよね?」
「異常な魔物であることは確かね。でも……私たちの命の危機に、そう現れてくださったの! 私の王子様……お兄様が……きゃあっ、王子様って言っちゃった!」
「ダーリンはどうだった? 対面しての感想は?」
玲奈が完全に自分の役割を自覚してくれている……っ。
やばい、玲奈が女神に見えてきてしまった。いや、騙されてはいけない。これでは飴と鞭で勘違いようなものだ。
それでも、これ以上シバシバに流れをもっていかせるわけにはいかない。
「そうだな。魔物の強さとしては黒竜くらいだとは思ったな。もちろん、戦闘スタイルとかは違うから単純に比較はできないけどな」
「……黒竜って、それつまり一般的な冒険者だとほぼ勝てないね。あの人間の言葉を話すところとかって何かわかったりしない?」
「いや、それに関しては何も。もしも、人の言葉を話す魔物と遭遇したことがあるって人はこのコメント欄に……いや、処理するの大変なんで、冒険者協会に情報を送ってくれ」
〈草〉
〈自分の仕事は増やさないスタイル。さすがお兄ちゃん〉
「うんそうだね! 事務所の仕事が増えてもいやだし、ここは冒険者協会に任せよう! ……それで、一番最後だね。今日ダーリンがコラボしたかった理由にせまろっか」
「あのヴォイドの使用した魔法だな」
俺の言葉を聞いて、コメント欄が困惑している。
〈え、魔法?〉
〈別に何かおかしなことはなかったよな?〉
〈まあ、珍しい空間魔法を使ってたよな?〉
〈あれが何かあるのか?〉
……まあ、見ているだけならそうなってしまうよな。
俺があそこで感じていた一番の違和感……問題、そして……冒険者業界の発展につながるかもしれない情報。
それについて、俺は情報を秘匿するつもりはない。強い冒険者が増えればそれだけ世界は安全になり、より多くの命が守られる。
それがひいては人口増加に繋がり、それだけ麻耶のファンが増える可能性だってある。
だから、俺にできることはなんでもするのだ。
「んじゃあ、ここからはかなりまじめな話だし、参考になる話をしてやるから、ありがたく聞くように。そして、マヤチャンネルを登録するようにな」
〈ラジャーです〉
〈ていうか、もうお兄様のファンの半分くらいが登録してるから……〉
「まだ足りん。近隣住民に布教しろ。わかったな?」
「わかっているわ! 私のギルドに入る条件をそれにするわ!」
「ええい、静かにしてろシバシバ!」
「口にさるぐつわをしていろ!? わかったわお兄様!」
「ああ、もうそれでいいから!」
シバシバにはあとで色々とやってもらうことはあるが、それまでは静かに、大人しくしてもらっていたほうがいい。
シバシバは無視し、俺はさっそくカメラへと視線を向ける。
「ヴォイドが使用した空間魔法。あのとき、現場にいた俺はそれを見てある違和感を感じたんだよ。魔物がたまたま、その魔法を使用したっていうだけで片付けられない違和感をな」
〈違和感?〉
〈どういうことだ?〉
「まあ、まて。ヴォイドの魔法をみてから、ちょっと練習してみてな……玲奈、何か魔法使ってくれるか?」
「……んー、それならこれくらいはどう?」
そういって玲奈が作り出したのは火の玉だ。
玲奈が暗い場所などで使用する松明がわりの魔法だ。それを確認したところで、俺は準備を開始する。
「さて問題です。俺の属性魔法の適性はどうでしょうか?」
「ないよね」
〈ないんだよな?〉
「そういうわけだ。だけど、な」
俺は空気中にあった玲奈の魔力を取り込み、それから俺は自分の魔力にそれをわずかに混ぜた。
すると……俺の体内の魔力が変化した。
無属性魔法しか使えないはずの俺の魔力は、玲奈の魔力を受けて変化していた。
……そして――俺は玲奈の魔法を再現して、火の玉を作り出した。
その瞬間、コメント欄が大きく盛り上がる。
〈は!?〉
〈玲奈と同じ魔法!?〉
〈一体何がどうなってんだ!?〉
〈お兄ちゃんの魔法の適性が増えたのか!?〉
〈どうなってるんだよ! お兄ちゃん説明して!〉
〈お兄様、教えてください!〉
困惑するコメント欄は俺の予想通りであった。
……まあ普通はこうなるよな。
俺だって、これまでは常識に縛られてしまっていた。
適性のない属性の魔法は使用できない、と。
だが、実際は違った。
今こうして再現したように、他者の魔法でさえ完璧なコピーはできなくても再現できる。
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