第72話
「へぇ、おまえ強いの?」
「……」
……魔物が当然、返答してくれるということはない。
すっと長剣を構えたディスペアナイトが膝たちの状態から体を起こす。
兜の奥に見える黄色い瞳がこちらをじろりと見た。
そして、俺がスマホを胸ポケットにしまった瞬間。
ディスペアナイトが眼前に現れた。
速いな。
だが、十分に見切れる速度だ。
振り下ろされた長剣を俺はかわす。
俺のかわした先へと長剣が振りぬかれるが、それを上体をそらしてかわし距離をとる。
「確かに速いけど……それだけじゃないよな?」
「……」
ディスペアナイトから返答はない。魔物だから話すことは当然ないのだが、その両の黄色の瞳がまた僅かに光った。
同時に長剣を持っていない左手で拳をつくり、俺に向けて突き出す。
魔力による重圧が体を襲い掛かってくる。……魔力を固めた不可視の遠隔攻撃か。
弾かれた俺は後退しながら、ディスペアナイトの様子を確認する。
〈なんだこれ!?〉
〈目に見えない魔法か!?〉
ノイロス〈こいつは不可視の魔法攻撃を放ってくるんだ! それもかなり強力なんだよ!〉
魔力の塊をただ前に放っただけの攻撃。ゆえに不可視。
空気を集めて前に放ったようなものだ。
だが、強力な扇風機があったとすれば、人間歩いて進むのもなかなかに困難だろう。
原理としてはそれと同じような一撃。
ディスペアナイトはその扱いが思った以上にうまい。
上からつぶすように使ってもくるし、俺の背後の魔力を操って引き寄せるように攻撃してくる。
それらをかわしきった俺は、ディスペアナイトへ、
「これは魔法じゃない。ただ、魔力を放出してるだけだ」
ノイロス〈なんだって!?〉
「だから、こっちも同じようにやればいいんだ」
魔力の塊を放出した。こちらを吹き飛ばそうと魔力を放ってきたディスペアナイトへ魔力の塊をぶつける。
……魔力をただただ放出のは、燃費が非常に悪い。
とはいえ、俺の魔力量なら関係ないが。
例えば、100の魔力を魔法に変換する場合、100の魔力で500の威力を持った魔法に変換することができる。
……凛音のように魔法への忌避感というか、ためらいがなければ基本的に魔力から魔法に変換するときは効率よく高威力のものが作れるのだ。
ただ、ディスペアナイトのように魔力だけで攻撃するメリットもないわけではない。
それは、不可視の一撃となるからだ。……だがまあ、こんだけ魔力を馬鹿みたいに放出できるのはよほど魔力に自信がある者だけだろう。
ディスペアナイトがさらに出力を上げてきたが、俺はそれを上回るように弾き飛ばした。
魔力の風に吹き飛ばされたディスペアナイトを壁に叩きつける。
そのあと、魔力を操るようにして、ディスペアナイトの体を押しつぶすが、ディスペアナイトはすぐに横に跳んでかわす。
「この魔力の使い方、面白いかも! 皆。遠距離攻撃の相手に困ったときはこの使い方いいかもだぞ!」
〈……なに言ってんだこいつ〉
〈なんでディスペアナイトの魔法を再現してんだ……〉
〈でもお兄さん属性魔法の適正ないって言ってたし、本当にただ魔力の塊を放ってるだけなのか?〉
〈……魔力を外に出して人を弾けるほどって一体どんだけの魔力を使うことになるんだよ……〉
ディスペアナイトは地面を蹴り飛ばし、こちらへ突っ込んでくる。
その体を魔力で押しつぶそうとするが、左右に跳んでかわされる。
……うーん、まだまだ精度は甘いな。
もっと訓練しないと、この力を使いこなすのは難しそうだ。
ただ、慣れてくれば念動力のように使えそうな感じはある。
ディスペアナイトが長剣を振りぬいてきて、俺はそれをかわしながらスマホで撮影も続ける。
近接での殴り合い。ディスペアナイトの長剣と拳による連撃を、俺はすべて捌き切っていく。
〈こんな高レベルの戦闘を間近で見られるとか、すごい〉
〈普通こんな殴り合いながら撮影なんてしないんだよなぁ……〉
ノイロス〈お兄さん……マジか〉
〈これ、どっちがボスモンスターか分からねぇよ……〉
〈お兄様……さすがですぅ……っ〉
ディスペアナイトが長剣を振りぬいた隙に、顔面を殴りつけた。
吹き飛んだディスペアナイトの兜にヒビが入り、そこから霧が漏れる。
ディスペアナイトが空いていた片手をそこに当てると、兜の破損は修復したが――。
「……」
ディスペアナイトから焦りのようなものが感じられた。
そんなディスペアナイトへ、地面を蹴って近づく。
と、俺の進行に合わせ、地面から浮き上がるように魔力が上がった。
空中へと打ち上げられた俺へ、ディスペアナイトが長剣を振りぬいてきた。
かわしれきれないな。俺はその長剣の軌道を読み、足を振るう。
長剣の腹を下から上に打ち上げるように蹴り、その軌道をそらす。すぐ背後を魔力凝固で固め、そこを足場にディスペアナイトへ接近し、頭を掴む。
勢いを活かし、地面へと叩きつける。
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