第57話




 俺はかぶっていたフードを少しあげるようにして、通りを見ていた。

 俺が今いるここは、通称魔食通りと呼ばれている日本にある有名な場所だった。

 

 Aランク迷宮「美食の森」。そこでとれる食材を取り扱った店舗が多く並んでいて、とにかく料理がうまい。

 そんな魔食通りに、俺は今流花とともに来ていた。

 隣に並ぶ流花は、息をひそめるようにしながら俺の渡したフード付きの服に未だになれない様子であった。


「……これ、本当隠密性能凄い」

「迷宮にいるシャドウニンジャって魔物知ってるか?」

「うん……日本にしか出現しない魔物、だったはず」

「そいつがドロップする素材で作ってるからな。あとはうまく気配を消していけば、周りに気づかれることはまずない」

「……なるほど」


 迷宮には……そういう魔物もいる。例えば中国には気を操る格闘家のような魔物が出るなど、その土地に合わせて多少変化がある。

 俺たちはAランク迷宮を目指し、魔食通りを歩いていく。


 今日は俺と流花のコラボ配信を行うことになっている。

 名目上では、俺に直接のお礼を伝えられていないから、というものになっている。

 ただまあ、色々と事務所的にも画策というものもあるようで、流花の登録者数をさらに伸ばしたいという考えがあるそうだ。


 俺とコラボして伸びるものなのか?

 はたまた、俺とコラボしたことで流花ファンが離れることになるのか……?


 その結果は分からないが、流花は俺とのコラボにかなり乗り気だったと聞いている。

 前からお願いはされていたらしいが、中々予定がつかず今回まで先延ばしになったのだが。

 俺は隣を歩く流花をちらと見る。

 彼女はなぜか何りてきた猫のようにおとなしい。


 たまに目があうと、フードを引っ張って顔を隠すし、そっぽを向いてしまう。

 

 ……俺、何かしたか?


 色々と考えるのだが、そもそもそれほど交流自体がない。

 以前サイン会であったのと、生配信に何度か来てくれたことがあったくらいか?

 あー、一応電話ではあるが、直接お礼も言われてはいたな。


 とはいえ、関わりはそのくらいである。

 まあ、別にいいか。深く考えて分からないことは考える必要のないことだ。

 どうしようもないことをいつまで考えていても仕方ないので、俺は特に気にすることはしなかった。


 それよりも、これから向かう予定の迷宮について考えよう。

 俺たちが向かっているのは、この通りの広場にあるAランク迷宮「美食の森」だ。

 迷宮の基本的な構造は、「黒竜の迷宮」と同じだ。


 ただ、唯一違うのは迷宮の最深部が判明していることだ。

 全五十階層で構成されているこの迷宮は、十刻みでボスモンスターが出現するというオーソドックスな造りとなっている。

 上の階層に行けば行くほど、魔物の強さが徐々にあがっていき、最終的にはAランク相当の魔物が出てくる……というわけだ。


 この迷宮が人気な理由は迷宮の名称の通り……美食だ。

 ここに出現する魔物たちがドロップするアイテムの多くが、どれも人気の食材となっている。


 料理を得意とする冒険者、あるいはこの迷宮で得られた素材を持って帰り、料理を配信をするというのは配信界隈では人気コンテンツの一つとなっていた。


 「美食の森」を中心に、いくつもの飲食店があり、ここはもはや一つの観光スポットになっていた。

 この周辺の店ではおおよそCランクまでの魔物飯が販売されていて、Cランクの素材ともなるとかなり高額になってくる。


 ……迷宮で取れる食材は、どれもかなり美味しいが加工が難しい。

 フグの毒袋を取る、ような知識や技術を必要とするのではなく……単純に力が必要なんだよな。


 ランクの高い魔物となると、ドロップした肉であっても普通のナイフでは通らない。

 魔力の膜、に守られてしまっているため、それを破らないと本来の肉の触感などが楽しめないな。


 そして、それら一般的な包丁で捌くことは難しく、例えば高ランクの武器か魔力付与による装備の強化などが必要となってくる。

 だからこそ、迷宮で手に入れた素材を食べる場合には普通のお店よりも高価になってしまうことがほとんどだ。


「おーい流花?」

「へ? な、なにお兄さん?」


 少し前を歩いていた彼女の肩をつつくようにして声をかけると、流花はびくりと背筋を伸ばす。

 ……ちょっと隠していた気配が乱れているが、まあいい。


「配信前に何か食ってくか? 串焼きとかなら軽く食べられるだろ」

「……それは、うん。ちょっとだけ食べる」

「よし了解。ちょっと買ってくるわ」


 ちょうど近くの店へと向かった俺は、出店になっていたそこでフレイムハートという魔物の串焼きを購入する。

 こいつは美食の森の十五階層辺りに出現する魔物だ。

 火が通ると、見た目が赤く発光するのが特徴だ。


「ほれ、これ食ってみろ」

「……ありがとう」


 流花に一本差し出すと、彼女はぱくりと口に運ぶ。

 そして、美味しそうに頬を緩める。俺もまた、同じように口へ運ぶ。……うん、うまい。塩だけで焼かれたシンプルなものだが、フレイムハートの肉汁がたっぷりと詰まっている。

 他にもフレイムハートの料理は色々とあるが、あの店は当たりだな。また食べに来たいところであるが、この通りには他にも美味しい店はたくさんある。

 一つの店だけで腹一杯にするのはもったいない。


「そういえば、流花は普段は迷宮の魔物を使った料理チャンネル的なことをしてるんだよな?」

「え……お兄さんが麻耶ちゃん以外のチャンネルを知ってるなんて……まさかみ、見てくれたの!?」

「いや、悪いんだけど見てはないな。麻耶から事前に流花について色々と教えてもらってな。あっ……まあ、そういうわけだ」


 「私から聞いたってことは言わないようにねお兄ちゃん!」。

 ……あのときの麻耶は講師のつもりだったのか伊達メガネをかけていて可愛かった。

 それを思い出していたもので、ついうっかり言ってしまった。


「……そっか。お兄さん、麻耶ちゃん以外に興味ないもんね」

「まあ、それはそうなんだけどな……」

「うん……よしっ。とりあえずの目標は、お兄さんが、私のチャンネルに興味を持って帰るように頑張らないとっ」


 ……ただ、なぜか流花はやる気を見せているようだ。

 とりあえず、少しだけあった距離は縮まったか?




―――――――――――

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