第50話
戦闘に後腐れがないよう、俺は武藤さんの本気を見るまで攻撃に回ることはしなかった。
……それまでにやられれば、俺の実力はその程度、というわけだ。
俺の拳によって武藤さんは床に突っ伏していた。
一応、勝利条件を満たしてはいると思うが……
「……だ、大丈夫かこれ?」
結構もろに拳が決まってしまったようで、武蔵さんは地面に倒れたまま動かない。
しばらく現場は沈黙していてそして――慌てたようにヒーラーたちが動き出した。
「む、武藤さん!」
「リーダー! すぐに治療します!!」
回復魔法を使える人たちがやってきて、武藤さんの傷を治療していく。
俺は邪魔にならないよう少し離れたところでその様子を眺めながら、視界の端でモニターのコメントを眺めていた。
〈は? 何が起きたんだ!?〉
〈一瞬で決着ついたぞ!?〉
〈ていうか……やべぇな二人とも……スロー再生しないと見えないw〉
〈武藤さんが弱すぎるのか? 一撃とかw〉
〈いや、武藤さんもあの速度についていけてるんだから全然弱くねぇぞ……〉
〈これだけだと勘違いされるよな……お兄さんが強すぎるんや〉
〈一撃ww〉
〈わけわからん……お兄さん無敵すぎだろw〉
〈初めの二人の攻防のときは同格かと思ったけど、やっぱお兄様やばすぎるわw〉
〈これは仕方ないだろ……武藤さんも十分健闘したわ〉
コメント欄では今もそんなやり取りが繰り返されている。
……戦闘時間は短かったが、問題はなさそうだな。
あまりにも向こうの
しばらくして、よろりと体を起こした武藤さんが、椅子に腰かけたままこちらを見てくる。
「……いや、まいった。本当に……強すぎるね」
「それはありがとうございます」
武藤さんは笑顔とともにそういってくれたが、勝者が敗者に対してかける言葉というのは中々見つからないな。
武藤さんもSランク冒険者としてのプライドがあるだろうし、下手なことを言うと傷つけることになるだろう。
「……正直言って、互角にやれるんじゃないかって思っていたけど、まったく歯が立たなかったね」
「それは……俺が鍛えられているだけだと思いますよ。武藤さんもまだまだ鍛える余地はありますし」
「……本当かい? もしかして、鍛えれば黒竜を討伐できるようになるかな?」
「ええ、十分可能かと」
武藤さんもまだまだ身体強化を引き上げていけると思う。
俺の指摘に武藤さんの口元がほころんだ。
「それについては後で詳しく教えてもらうとして……今日のコラボについてはこれでいいかな? 何か視聴者に伝えることとかあるかい?」
「そうですね。あっ、チャンネル登録よろしくお願いします。検索の仕方はマヤチャンネルって調べて、それを登録すればオッケーです」
〈おまえ相変わらずだなw〉
〈だから自分の宣伝をしろとw〉
俺がいつもの調子で言うと、コメント欄が盛り上がっていく。
といっても、俺はあくまで麻耶チャンネルを宣伝するためにここにきているのだ。
コメント欄を眺めていた武藤さんが苦笑する。
「まあ、そういうことみたいだね。とりあえず……今日はこれで終わりとして、また今度。もう少し強くなってから再戦を挑ませてもらいたいんだけどいいかな?」
「ええ、別にいつでも大丈夫ですよ。俺も強い人と戦えるのは好きなので」
結果だけ見れば一撃で終わっていたが、そこに至るまでに何度も攻防は行われていた。
あの駆け引きの時間が、俺は好きだ。
そのやり取りを最後に配信は終わり、無事、【雷豪】ギルドとのコラボは終了した。
【雷豪】ギルドの事務所を後にした俺と霧崎さんは、近くの駅まで歩いていく。
「迅さん。今日もお疲れさまでした」
「まあ、俺はほとんど何もしてないですし、霧崎さんこと打ち合わせとか調整とか色々ありがとうございました」
実際のところ、俺は何もしていないからな。
俺がやったことといえば、今日ここにきただけ。
そこに至るまでのすべてを、霧崎さんにお願いしていたからな。
そんなことを考えていると、霧崎さんが問いかけてきた。
「……迅さん。改めて確認なのですが」
「なんですか?」
「今のような活動について、どう考えていますか? 今後も続けていくことは可能でしょうか?」
彼女の問いかけに俺は少し考える。
普段から面倒臭い、といっていたから霧崎さんに色々と考えさせてしまっていたのかもしれない。
「まあ、別にいいですかね。視聴者を意識して、とかは正直できませんが今くらい適当にやっていいのなら」
「……それはまあ、多少は意識してもらいたいですが、良かったです。今まで、どちらかというと私が主導となってしまっていたので、迅さんに迷惑をかけていないかと心配していたんです」
「ああ、それなら別にいいですよ。今の生活自体は楽しいですし、マヤチャンネルの宣伝にもなりますし」
俺がピースを作ると、霧崎さんは苦笑した。
「それでしたら、また次の配信についても考えていますので協力お願いします」
「はいはい。了解しました」
少し前までの生活とはずいぶんと変化したが、今の生活も悪くはなかった。
麻耶を見てくれる人も増えたし、彼女の交友関係も知ることができた。
いつまでも……俺が麻耶の隣にいられるわけではない。
……もちろん、俺から離れるつもりはない。
それでも……冒険者は何が起こるかわからんからな。
もし俺に何かあったとしても、麻耶はもう一人でも生きていける。
少しだけ、肩の荷が降りた気がする。
駅へと向かいながら、俺はそんなことを考えていた。
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