第49話 武藤視点




 地面を蹴りつけたオレは、同時に迅の懐へと入る。

 オレは持っていた短剣を抜いた。

 ……戦闘では、なんでもありだ。


 彼は動かない。まったく見えていない? いや、違う!?

 オレが攻撃をする瞬間、迅の口元が緩む。


 そして、かわされた。

 ぎりぎりまで引き付けたあげく、攻撃をかわされた。

 最小限の、無駄のない動き。


 一撃をかわされたことに僅かな驚きがあった。

 ……驚き? そうか。

 オレは迅より自分のほうが強いと思っていた。


 油断。それを彼は見ていたのだろうか。

 反撃の隙はあったというのに、何もしてこない。


「……」


 ただただ、じっとこちらを伺うように見て、不敵な笑みを浮かべている。

 ……まだまだ、余裕があるようだ。

 まずは、その笑みを消すところからだ……!


 二撃目。即座に踏み込んで短剣を振り下ろす。

 だが、それもかわされる。

 オレの攻撃はすべてかわされていく。


 ……まだ足りない。

 人間相手に、セーブしていた部分はある。


 ――命を奪うつもりで、やる。

 そうしなければ、彼の本気を見ることはできそうになさそうだ。


 さらに一段階、肉体の強度を高めると同時、短剣を振りぬいた。

 しかし、まだかわされる。

 こちらは本気の殺意を持って攻撃している。

 だというのに、まだ迅の笑みは消えない。


 余裕の演技をしている? いや、違う?

 それさえも、演技? そう考えてしまっている時点で、オレは彼の術中にはまっているのかもしれない。

 ぴくり、と彼の右腕が動いたのを見て、オレは即座に大きく飛びのいた。


「……はぁ……はぁ……!」


 ……視聴者からすれば、今のオレの飛びのきの意味は理解できないかもしれない。

 ――殺されていた。


 あのまま、あそこで攻撃を繰り出していれば、オレは……死んでいたのか?

 明確に、死のイメージが脳裏に浮かんだ。

 ……落ち着け……落ち着け!

 相手が黒竜を一人で倒したからといって、ここまで力の差があるはずがない……っ。

 

〈速すぎるだろ……っ〉

〈もう何が起きてるか分からんぞこれ……〉

〈力はほぼ互角って感じか〉


 モニターに映っていたコメント欄は、凄まじい数だ。

 ……戦いを始めて、まだ一分ほどしか経っていない。それなのに、雑談のときとは違い視聴者は百万人を超えていた。

 

 ほぼ、互角……?

 ……視聴者からすれば、そう見えるのかもしれないな。

 オレと彼の間には、歴然とした差がある。


 ――オレが彼と戦いたいと思ったのは、自分の実力を測るためだ。


 Sランク以降、明確なランク分けはされていない。

 ……一応、Sランクの中でも特に危険な力を持つ人たちは、災害級と呼ばれているが……それでも公式では同じSランクというくくりだ。


 だが、同じSランクでも明らかに格差はある。

 今の自分の立ち位置を知りたい。そう思い、オレは……恐らく日本でもトップのレベルに近い迅に、戦いを挑んだ。


「攻撃してこないんですか?」


 迅からの問いかけの言葉に、オレははっと顔をあげる。

 そちらを見ると、彼は片手を腰に当てたまま、じっとこちらを見ている。

 彼の魔力の質が、変わっている。


 ……本気、なのかどうかは分からない。

 だが、俺でもはっきりと感じられるほどの魔力の圧力。

 昔、偵察のために黒竜がいる95階層へと足を運んだことがある。

 

 ……そのときに感じた威圧感と同じ――いや、それ以上だ。

 短剣を、握りなおす。

 恐らく、次の攻防で勝者が決まる。

 ……最後にオレが立っているために、ここですべてを叩き込む!


「……そうですね。それでは、行きましょうか」


 オレは小さく息を吐いてから、地面を蹴りつける。

 先ほど同様、彼の懐へと一瞬で迫る。

 だが、短剣を振りぬく隙はない。

 最速の拳が迫る。


 慌ててオレはそれを横に跳んでかわす。

 結果的にぎりぎりまで引き付けることに成功しての回避になった。


 ただの、偶然だ。だが、最高のチャンスだ。


 彼の伸びきった腕の下をくぐるように、彼の懐へ入り、拳を振りぬいた。

 全力の拳だった。

 思い切り力を込めての一撃は、しかし彼の胸を捉え――


「がっ!?」


 オレの左手から嫌な音が上がる。骨の砕け散る音。

 受けきられた。まるで、鋼鉄でも殴ったかのような衝撃が、オレの右手に返ってきていた。

 頑丈すぎる。


 だが、痛みに足を止めるわけにも、驚きで動きを止めるわけにもいかない。

 彼の左拳が迫っているからだ。


 ……さっきの攻撃は、まさかオレの攻撃を誘うためのフェイント。

 まずい。まずい。

 状況を立て直すために、

 だが――迅の姿はなかった。

 視線を切らした覚えはない。本当に、文字通り目の前から消えた。

 ……かのように思わされるほどの速度で動かれた。


「……」


 気配はまるでない。

 だが、本能が背後から危険信号を伝える。

 振り返ったそこに、やはり彼はいた。

 すでに拳を振り下ろしていて、回避は間に合わない。


 ……Sランク冒険者には、能力差がある。

 彼は……紛れもない。Sランク冒険者でも、トップのほうだ。

 それは自惚れではない。

 だが、オレは……はっきりと理解した。


 ――オレは、迅の足元にも及ばない……!


 振りぬかれた拳に、オレの体は地面に叩きつけられていた。





―――――――――――

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