第36話



「順調に……登録者数伸びていますね」

「そうですかね? 最近は少し停滞していると思いますが」

「……いや、かなり順調ですよ。そりゃあ、最初期と比べたら勢いは減っていますが、それでも今でも伸びていて……海外の登録者数も多いからか、すでに三百万人ですよ?」

「え? マヤチャンネルって今百万人目指しているところじゃなかったでしたっけ?」

「あなたのチャンネルですよ! なぜあなたの頭にはいつも麻耶さんがいるんですか!」

「大事な妹だからですよ」

「……いや、まあそういわれますと色々とこちらもツッコミづらくはあるんですが。さて、今日はあなたの次の配信についてですが……一つ、確認したいのですが、黒竜の迷宮の先に行ったことがあるんですよね?」

「ええ、まあいったことありますが……」

「……それを配信で見せる、というのはどうですか?」

「別にいいですけど、カメラマンどうしますか? 俺一人で撮影してもいいですけど、結構手振れとかすると思いますよ?」


 俺が戦いながら動いたらそれはもうたぶん、視聴者が酔うことになると思う。

 しかし、霧崎さんはそれに対しての回答も用意していた。


「それに関してですが……うちの事務所最強の人がいるんです」

「え? 最強ですか?」

「はい。Sランク冒険者にして、真紅レイナさんです」

「はあ、そんな人がいたんですね。麻耶とコラボしたことないですよね?」

「……ないですね」

「……聞いたこともなかったので、やっぱりそうですか。となると、麻耶チャンネルの視聴者層ともかぶっていないかもしれませんし、新しい登録者獲得のチャンスかもしれませんね」

「いや、あなたのチャンネルもそうなんですけど……とりあえず、本日呼んでいますので、一度話だけでもどうでしょうか?」

「分かりました」

「それでは、別室で待機させていますので、呼んできますね」


 霧崎さんはそう言って部屋を出ていった。


 真紅レイナね。

 あまりレイナという名前は好きではない。

 というのも、俺の知り合いに頭のネジがいくつか跳んだアホがいるからだ。

 そいつもそういえば、Sランク冒険者だったな。


「久しぶりね、マイダーリン!」


 ……そうそう。俺のよく知る玲奈はいつもそうやって呼んできて抱き着いて来ようとする。

 昔、ちょっとばかり命を助けてから恋心と勘違いしたらしく、やたらと求婚してくるのだ。

 赤い髪を揺らし、少し小柄な体で全力で飛びついてくる姿は、まさしく子犬のようで――。


「てめ、玲奈!? なんでここにいるんだよ!」


 俺は飛びついてきた彼女の体をかわしながら、すかさず追撃してきたその頭をアイアンクローの要領で掴んだ。


「ああ、この感触久しぶりだわ! 実に49日と6時間34分えーと……16秒ぶりね、マイダーリン!」

「霧崎さん……っ。まさかこいつが例の真紅レイナじゃないですよね?」

「そ、そうなのですが……二人は知り合いだったのですか?」


 俺はこくりと頷く。迷宮爆発が起きた際現場に取り残されていた、真紅レイナ――赤嶺玲奈を助けただけの関係だ。

 ただ、玲奈にとってはあまり思い出したい記憶でもないだろう。

 俺はやんわりと濁すことにした。


「昔、ちょっと色々ありましてね……」

「婚姻関係になったんです」

「なってねぇよ馬鹿。昔困ってるところを助けただけだ」

「今ダーリンあたしのこと気遣ってくれてる!? ああ、もうしゅきー!」

「やめろ! キスしようとしてくるんじゃない! それは麻耶だけに許された特権だ!」

「じゃあ今から名前変えてくるわね!」

「呼び方の問題じゃないんだよ。おら、落ち着け!」


 反対の手でチョップをすると、玲奈も行動を落ち着かせてはくれた。

 ただ、左腕に抱き着いたまま離れない。……まあ、ひとまずこうでもしておかないと話も進まなそうだ。


「……つまり、まとめますと真紅レイナさんとは知り合いだけど、恋人関係ではない、ということですね?」

「ええ、まあそうです」

「はい。ダーリンが卒業するまでは法律に触れるからって……卒業までは……。今の関係はただの友達なんです」

「そんなことは一言も言っていません」


 すぐに捏造する玲奈にすかさず否定すると霧崎さんも慣れた様子で頷いている。

 まるで普段からやべー奴と絡んでいるかのようだ。


「霧崎さん……落ち着いていますね」

「ええ、まあ。普段から変な人とよく絡むので、もう慣れましたね」

「そうですか……私生活とかですか?」

「事務所内、ですかね」

「配信者ってやっぱりちょっと変わった人が多いんですか?」

「あなたのことですが?」


 なんと失礼な。

 霧崎さんはじろりとこちらを見てから、再び話を始める。


「……一応軽い自己紹介を。こちら、真紅レイナという名前で活動している赤嶺玲奈さんです。……チャンネル登録者数は、十万人ほどです」

「Sランク冒険者のわりには少ないほうじゃないですか?」


 俺がそういうと、玲奈はぺこりと頭を下げる。


「どうも、ダーリンの内縁の妻にして、Sランク冒険者の真紅レイナです」

「この挨拶が原因ですね。レイナさんは女性ライバーとして致命的でして……将来を約束しているマイダーリンがいるという話でして……今も毎晩愛し合っているとかなんとか、配信のたびにそんな話ばかりしているので、あまり伸びない感じです。ですが、男女ともに需要があり、特に恋愛相談などの質問などを多く受けることがあり、ある意味我が事務所では珍しいタイプですね」

「そういうことなのよ、ダーリン」

「おいこら」


 俺は玲奈の頭を力強くつかんだ。

 痛みに襲われた玲奈が顔を苦悶の表情に歪めるが、次の瞬間には喜びのそれに変わる。


「愛! 今愛を感じているよマイダーリン!」

「痛みだ馬鹿!」


 彼女の頭から手を離すと、すかさずまた腕に張り付いてくる。コアラかこいつは?


「あたしには愛なのよっ! というわけで、ダーリン。カップルチャンネルを立ち上げることも考えているのよね」

「俺は考えてないが?」

「んもー。相変わらず冷たいなー。マイダーリンの照れ屋さん!」


 むかついたのでもう一度頭を割れんばかりに掴み、悲鳴を聞いておいた。

 ……すぐに喜びの顔に変わるので、あくまで一瞬だ。

 そんな俺たちを見ていて、霧崎さんは表情をしかめる。


「……これはちょっとコラボ配信、色々と問題ありそうですね」

「やるの前提ですか? こいつとやったら、絶対問題発言しますけど……」

「ストッパーが必要ということですか?」

「ええ、確実に。凛音とか、真面目だしオススメです」


 麻耶は危険なので連れて行きたくない。

 その点、凛音は能力もある。

 何より、彼女のツッコミセンスはかなりのものだ。玲奈を押し付けることもできるかもしれない。


「マイダーリン! そういえば、凛音にお姫様抱っこしてたよね!? 浮気!?」

「浮気の意味知ってるか?」

「付き合っている相手以外の異性と深い関係を持つこと!」

「花丸だな。なのにどうして浮気って言葉が出てくるんだ?」

「愚問だよ! あたしとマイダーリンは付き合ってる? おーけー?」

「ノーオーケー」


 ため息をつきながら、彼女に問いかける。


「これ、配信に出せますか?」

「……事前に、色々と説明をする必要があるかもしれませんね。それ含めて……任せましょうか。玲奈さん、お願いできますか」

「まっかせて」

「なら俺がやります。霧崎さん、わざとですよね?」


 俺がジトリと霧崎さんを見ると、彼女は笑っていた。


「普段のお返し、みたいなところです。色々と二人に事情聴取をしまして、情報を共有させてください。それから、現在までの関係図についての説明を……そうですね。次に一度お兄さんの配信で行いましょうか」

「それなら、二人で話し合ったほうがいいんじゃない? 対談形式のほうが色々と分からないかな?」


 ……これが玲奈の発言じゃなければ、まともなんだけどな。


「おまえが問題発言するだろ」

「そうだよね。まだバレちゃダメだもんね。あたしが卒業するまで、待っててね」

「……どうします?」

「……とりあえず、まずは話だけでも聞きましょうか」


 そう言った霧崎さんに、俺たちの関係について話していった。


―――――――――――

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