第35話




 迷宮爆発は、完全に終息した。

 ……学園生にとっては、迷宮爆発が危険なものだという認識はしっかりと広まり、より強くなるためのいい機会となったようだった。


 ……トラウマになった生徒がいないのは、お兄さんのおかげだと思う。

 ただ、まあ、未来ある子どもたちが危険に晒されたということで、今もなおニュース番組では冒険者学園の在り方について色々と議論はされているようだった。


 危険はあるけど……でも、今の時代、迷宮がなければどうしようもない。

 そして、それら迷宮を攻略できる冒険者を育成するには、やはり実戦での経験が必要だと思う。

 だから、私は今の教育体制について何かあるということはない。

 ……できれば、お兄さん級の冒険者を各冒険者学園に配置してくれればいいけど、そんなのは夢物語だってわかってるし。


 お兄さんに関しては……それはもう凄まじい賞賛の声だった。

 というのも、迷宮爆発を終息させたお兄さんの戦闘があちこちでネットに公開されていたからだ。

 お兄さんがいなければ、確実に死者がでていた問題だしね。


 ……まあ、それとは別にちょっぴり炎上もしていた。

 私を抱きかかえていたシーンなどだ。お兄さんはもちろん、私も少しだけ炎上してしまった。

 ……お兄さんの過激ファン、怖い。


 真奈美ちゃんにも「私もお姫様抱っこしてほしかったあぁぁあ!」と泣きつかれたし。

 助けてもらってすぐのセリフがこれだったもので、私をもう少し心配して、と思いはしたけど。

 

 ま、まあ大丈夫。

 私は小さく息を吐きながら、私は自分がお世話になった児童養護施設へと来ていた。

 ……久しぶりに来るけど、ずいぶんと建物はキレイだ。


 迷宮による被害は確実に増加していて、それによって親を失った子どもたちの支援金は今もかなり増えているらしい。

 だから、全国の児童養護施設などは今結構問題なく運営できているのだとか。

 私がチャイムを鳴らすと……私がお世話になった先生がやってきた。


「あっ、凛音ちゃん! 久しぶりじゃない!」

「はい、お久しぶりです、南先生」


 私がもっともお世話になった人にして……私が魔法で昔怪我をさせてしまった先生だ。

 先生とともに門をくぐったところで、南先生は笑顔を浮かべる。


「凛音ちゃん、今日はタイミングよかったわね」

「……買い出しに行かされる、とかですか?」

「もう嫌ね。そんな警戒しないでよ。ほら、凛音ちゃんが好きだった冒険者の先生がたまたま今日来てくれているのよ?」

「……す、好きだったって……別にそういうわけでは……」


 私は冒険者学園に入学してからは色々と大変で、あまり先生の顔ははっきりと覚えていなかったが……私には恋焦がれている人がいた。

 それは、この児童養護施設を支援してくれている外部の冒険者がいた。

 皆は冒険者の先生、と呼んでいて名前を聞いたことはなかったかな。


 ゲームや漫画、他にもお菓子やジュースなどを差し入れしてくれる先生だ。

 ……あとは、冒険者としての訓練もつけてくれたっけ。

 そんなことを思い出しながら南先生とともに歩いていくと、そこには――


「お、お兄さん!? な、なんでここにいるんですか?」

「ん? おっ、凛音か? おまえこそなんでここに?」


 お兄さんは少しだけバツの悪そうな顔をしている。

 ちょうど子どもたちと木剣で打ち合っているのだが、子ども六人がかりの攻撃すべてを捌いている。

 剣も使えるんだ……ってそうじゃなくて!


 お兄さんは一度タイムをとり、こちらを見てくる。


「……南先生。何でここに凛音がいるんですか?」

「あら、迅先生も覚えていたの?」

「いや、覚えてはいないんですけど……この前冒険者学園で野暮用があったので……。もしかして、凛音ってここの出身とかですか?」

「そうよ。ほら、凛音ちゃん。懐かしいでしょ? 小さい頃はよく迅先生の背中にくっついて将来は結婚す――」

「わああああ! ちょっとやめてください! 小さいころの話ですから!」

「凛音。くっつくか?」

「やりませんよ馬鹿! お兄さんはなんでここにいるんですか!」


 私は無理やり誤魔化しながらも、頭の中ではぐるぐると思考が巡っていた。

 ……昔からよく児童養護施設に来ていたのはお兄さんだった?

 五年前くらいの記憶を思い出してみる。……朧げだった記憶だけど、確かに若くしたお兄さんと似ている部分はある。


 え……?

 ……私が昔好きだった先生?

 え? あ? 

 え? ……え!?


「迅先生はいつも色々差し入れしてくれているんだけど、モニターが最近映らなくなっちゃったって言ったらすぐ持ってきてくれたのよ」

 

 そういって隣の部屋に見える大きなモニターを指さした。


「な、なんであんなものがあるんですか……?」

「最近だと子どもたちも配信者の動画とか見たいみたいでね。迅先生が色々と設定してくれて、よくマヤちゃん? という子の動画を流しているのよ。あと、迅先生も最近配信者デビューしたわよね。私も妹になっちゃったの! ね、お兄さん!」

「……それ、マジでやめてください」


 冗談めかしくいった南先生に、お兄さんが珍しく頭を抱えている。

 ……お兄さん?

 もしかして、児童養護施設の人たちを麻耶ちゃんのファンにさせるためにあのバカでかいモニターを差し入れしたの?

 そういえば、結構前にニュースになっていたかも。


 全国あちこちの児童養護施設にたくさんのモニターの寄付があり、子どもたちが喜んでいる、とか。

 ……お兄さん。

 金に余裕もあって、そんな行動ができるのはお兄さんくらいしかいない……。


「まあまあ。ここからは若いお二人さんでお話でもしていきなさい。ね、頑張りなさいよ凛音ちゃん!」

「何か勘違いしていませんか南先生!」


 私は叫んだけど、南先生は子どもたちを連れて隣の部屋でチャンバラごっこに付き合っていた。

 ……意外といい動きをしているのは、お兄さんが指導したからだろうか?

 私は……色々と戸惑っていたけど、とりあえず……聞いてみた。


「お兄さんってもしかしてわりと寄付とかしてるんですか?」

「……まあ、近場の施設には直接でまあ……あとは寄付とかちょこちょこな」

「……そう、なんですね」


 ……凄い、と思った。

 お兄さんは少し迷宮に潜れば普通の人の一生分くらいのお金を稼げるだけの才能を持っている。

 ……でも、それでしていることが、寄付と……麻耶ちゃんへの推し活だけ。

 欲があるのかないのか、よくわからないけど、私はぺこりと深く頭を下げた。


「……お兄さん。色々とありがとうございました。魔法が使えるようになったのも、ここまで私が成長できたのも……お兄さんのおかげもあると思います」


 ……感謝は色々とある。

 お兄さんが遊びに来るのは、両親を失って落ち込んでいた私の楽しみの一つだった。

 それから、冒険者を目指そうと思えたのも。

 ……ここでの生活で、特に何か苦労することがなかったのも、きっとお兄さんが寄付してくれていたからだろう。


「凛音……凛音。……背中に張り付いていた凛音はそういえば、いたかもなぁ……。いつも、みんみん鳴いてたよな」

「……そのセミか何かみたいな扱いをするのはやめてほしいんですけど…………お、覚えているんですか?」


 ……色々と思い出されてきてしまう。

 通っていた小学校で、将来はお兄さんと結婚したい! みたいなことを話していたこととか……私が学校で告白されたときに、好きな人がいるからといってお兄さんのことを話題にしたとか……色々と、うがあああ!


 必死に恥ずかしい思いを隠しながら、私はお兄さんの先の言葉が気になってしまっていた。


 ……覚えていてくれた。も、もしかしてお兄さんもちょっとばかり私のことを意識していたとか?

 いやいや、それはそれでお兄さんが極度のロリコンになってしまう。私がここにいたのは、最高でも小学六年生までだし。

 複雑な思考をしていると、お兄さんは微笑んだ。


「魔力が凄まじい子だった……よな? ただまあ、会うのは五年ぶりだし、似たような名前の子は他にもいたからな。まさか、あの背中にいつも張り付いてきて、あちこち連れまわしそうとしてきたやんちゃな凛音だったとは……」

「わあああああ! もうそれ以上口を開かないでくださいぃ!」


 叫ぶ私を見て、お兄さんは笑っていた。


―――――――――――


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