第32話
迷宮爆発。
迷宮の外へと魔物があふれだす現象で、現代でもっとも恐ろしいと言われている災害の一つ――。
特筆すべきは、その魔物の現れ方だ。
まるで、迷宮の外に出現地点が移動したかのように、奴らは現れる。
そして、一定時間魔物が出現したあと、迷宮爆発の核であるボスモンスターが出現する。
……一応、そいつを討伐すれば、迷宮爆発が治まる。
解決方法は至ってシンプル。しかし、それを実行するには……それを押さえ込めるだけの戦力が必要になる。
「ちょ、ちょっと凛音! やばくないあれ!?」
「や、やばいよ……迷宮爆発が発生しているのって、Dランク迷宮だよ……ね?」
現れている魔物は人食い草たちだ。あれは、学園内のDランク迷宮に出現する魔物だ。
……Dランク冒険者なら、学園内にも全体の一割程度はいるんだけど……迷宮爆発の際に出現する魔物は本来より強いことが多い。
そのせいか、ちょうどDランク迷宮に挑もうとしていた冒険者が魔物と交戦していたが、まるで歯が立っていない……!
「す、すぐに警察に連絡しないと……っ!」
慌てた様子で真奈美ちゃんがスマホを取り出す。
私はそんな様子を、呆然と見ていることしかできなかった。
今、学園内にCランク以上の冒険者がどれだけ残ってくれているのか……。
ただ、そういう人たちはだいたい、学校外の迷宮に挑んでいる。
それを証明するように、皆が武器を放り投げるようにして逃げ出していた。
ただ、その隙にもどんどん魔物は増えていく。
事態に気づいた教師たちも対応を開始するが……教師でもいいところ、Cランク冒険者が精々だ……っ。
今も秒毎に出現していく人食い草に、圧倒されている。
……このままだと、学園の外にも魔物が出てしまうっ。
……学園外に出た魔物は、力を持たない一般人を殺していく。
――私の、両親のように。
唇をぐっと噛んだ私の目の前で、一人の男性が転んだ。
「た、助けて!」
彼の背後には人食い草が迫っている。
「……っ」
「ちょっと、凛音!? 無理よ! 相手はDランク迷宮の魔物よ!?」
魔物に今まさに襲われそうな人を見て、私は走り出す。
……同時に、準備していた魔法を放つと、今まさにその人を襲おうとしていた人食い草が吹き飛んだ。
不意打ちによる一撃だったから、人食い草を一時的に怯ませることはできた。
ただ、ダメージを受けている様子はない。
「すぐに逃げてください!」
「は、はい……っ!」
中等部の生徒だ。彼は涙を流しながら走り去る。
しかし、それを見送ろうとしたところで、人食い草の攻撃が迫った。
「凛音!?」
慌てた様子で真奈美ちゃんが人食い草に攻撃する。
しかし、やはり私たちの攻撃ではロクにダメージを与えられない。
人食い草のツルが触手のように伸びて真奈美ちゃんの体を縛り上げる。
「うぐっ……!」
真奈美ちゃんが短い悲鳴をあげる。
「真奈美ちゃん!」
「凛音! あたしのことはいいからさっさと逃げて!」
逃げる……?
また、あのときのように――?
パパとママが、命を賭けて私を逃がしてくれたときのように……?
……私は、どうしてここにいるの?
――私のような、魔物が原因で悲しい思いをする子をなくすためだ。
そう。一度決めたじゃないか。
私は大きく深呼吸をしてから、お兄さんによって発動してもらった水魔法を思い出す。
――自分の魔法が誰かを傷つける?
でも、それで目の前で大切な友達を失うの?
そんな、馬鹿な話はない。
私の魔法は……大切な誰かを守るために、使うんだ。
「はあああ!」
私はすべての魔力を解放するようにして、水魔法を放った。
現れた水は、荒れ狂う川のように人食い草たちを飲み込み、吹き飛ばす。
拘束されていた人たちを救い出すように、水で掴みとり、人食い草たちを一か所に集め、その体をずたずたに水で切りさいていく。
黒竜は怯ませる程度だった魔法だけど、相手は良くてCランク程度の人食い草。
今の私の魔法なら、問題なく倒せる――!
すべての人食い草たちを仕留めたところで、すぐに声を張り上げる。
「皆逃げてください! 私が時間を稼ぎますから!」
「り、凛音……あんた――」
「真奈美ちゃん! 動けない人たちを連れて早く!」
「え、ええ!」
一度仕留めたけど、すぐにまた魔物たちは出現する。
……迷宮爆発が発生してから魔物たちを止める手段は、いずれ現れるであろうボスモンスターを仕留めるしかない。
勝てる、だろうか?
ううん、勝たないと……!
私は再び出現した魔物たちを仕留めるため、魔法を放つ。
人食い草たちを巻き込み、吹き飛ばした瞬間だった。
さらにまた複数の魔物が出現する。
もう一度、魔法を放とうとしたところで……くらりと眩暈のようなものが起きる。
「……あっ」
普段、ここまで連発して大きな魔力を消費することがなかった。
だからこそ、急激な変化に体がついていけなかった。
意識を手放しそうになるのを必死にこらえたが、目の前には人食い草が迫っていた。
――まずい。
すぐに逃げようとしたが、私の体にツルが絡まった。
必死に抵抗しようとするが、宙に浮かせられてしまい踏ん張ることができない。
人食い草が自分の口元へと私を運んでいく。
ああ、このまま食べられてしまうんだ。
「……でも」
最後に……皆のために戦うことができた。
それだけでも、冒険者になった意味があったのかもしれない。
お母さん、お父さん。
……私、頑張ったよ。
天国にいる二人にそういって目を閉じたときだった。
―――――――――――
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