第33話


 天国のお母さんとお父さんに、突き飛ばされたような気がした。

 同時だった。私の体を浮遊感が遅い、何かに抱きかかえられた。


「下原さん。これ、残業代ってでますかね?」

「報酬は出ますけど、そもそも雇用関係ありませんし……そんなところ心配しないでください……ほら、すぐに魔物が来ますよ!」

「冗談ですって」


 能天気な声が聞こえ、目を開けるとそこにはお兄さんがいた。


「凛音。良く持ちこたえたな」

「お、お兄さん……? どうして?」

「車で帰ってる途中に嫌な魔力を感じ取ってな。引き返してもらったら案の定ってわけだ。来るの遅れて悪かった。ここからは任せろ。下原さんたちは、怪我人や逃げ遅れの誘導をお願いします」

「そ、それは……まさかこの数を一人で?」


 今も人食い草はその数を増やしている。

 下原さんの戸惑いも当然だ。

 いくら、Sランク冒険者でもこの数と戦い続けるのは難しいだろう。


「ええ、まあ。それに――これから最速で戦い続けるんで、下手に人が混ざると間違えて攻撃しちゃうかも?」


 お兄さんは冗談めかしくそう言ってから、地面を蹴って――消えた。

 次の瞬間、人食い草の体が吹き飛んだ。

 それとほぼ同時、別の場所にいた人食い草の体が両断される。


 お兄さんの手刀だ。

 本当に、一瞬で魔物たちが一層されていく。

 ……そして、そこで私は初めて知った。


 ――魔物も、恐怖するんだ。


 仲間たちが何者かによって一瞬で消滅させられていく。

 それを見た人食い草たちが、恐怖に支配されたようにツルを乱暴に振り回していく。

 しかし、お兄さんはその攻撃もすべてかいくぐり、暴れていた人食い草を仕留める。

 そしてまた今度は別の人食い草を倒す。


「あ、ありえない……」

「何が……どうなっているんだ?」

「こんなの……Sランクどころの話じゃない……」


 下原さんたちが、避難誘導を行う手を止め、ただただ驚いている。

 すでに、もっとも危険な地帯からの避難は終えている。

 ……何より、お兄さんのこの戦闘を見て、スマホを構えているような人たちもいる。


 気が抜けすぎている気もするが、それも、仕方ないと思う。

 こんな圧倒的な戦闘が、現実の、目の前で起こっていることだと理解するほうが難しい。

 私も急激に魔力が減ったことで起きた眩暈も収まり、ただただその場でお兄さんの戦闘を眺めていると。


 ひときわ大きな人食い草が現れた。


「お兄さん! そいつがボスです!」


 大人食い草。

 人食い草をそのまま巨大にしただけの魔物だ。

 私の声を聞いたお兄さんが足を止め、ようやく視認できた。


「了解。こいつ仕留めれば終わるってことだな!? てめーのせいで麻耶の配信に遅れたらどう落とし前つけてくれんだ? ああん!?」


 大人食い草がそんなお兄さんに向けてツルを槍のように伸ばした。

 まっすぐにお兄さんの腕へと当たったツルは、しかし弾かれた。


「おいおい、この程度で突破できると思ってるのか。心外だな」

「……ッ!」


 その攻撃のあと、大人食い草の雰囲気が変わった。

 お遊びはそこで中断、とばかりにすべてのツルを雨のようにお兄さんへと向けた。


 だが、すでにお兄さんはそこにはいなかった。

 大人食い草の攻撃はすべて、無情にも地面を貫いた。

 そして、お兄さんは背後から大人食い草を横なぎに蹴り、その体を真っ二つに割った。


「でっかいだけかよ」


 ……お兄さんからすれば、そんな感想なのかもしれない。

 お兄さんが地面に着地した頃には、すでに迷宮爆発は……終息していた。


「……ま、まさかこれほど早く解決するなんて……」

「……これが、鈴田さんの力……ですか」


 下原さんたちはただただ、驚いた様子でいて、笑顔とともに歩いてきたお兄さんが片手をあげた。


「それじゃあ、後処理は任せていいですか? 今夜、麻耶の配信があるんで早めに帰りたいんですけど……」

「……だ、大丈夫です」

「よし! 今からならまだ間に合うな! って、そうだった」


 走り出そうとしたお兄さんは、その場で足踏みしながら私のほうを見た。


「それじゃあな、凛音。さっきの魔法、良かったぞ」

「……はい」


 ……お兄さんは笑顔とともに片手を振ってから、空へと跳んでいった。


―――――――――――

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