第20話
麻耶の配信を手伝ってから数日が経過した。
俺は事務所に呼ばれていたので、電車に乗ってやってきた。
走ってきてもいいのだが、それはそれで疲れはするのだ。
何もないならやはり公共交通機関を使っての利用のほうが楽でいい。
事務所についたところで俺はかぶっていたフードを外した。
……最近ではコンビニにも気軽に行けなくないんだよなぁ。
最近では魔物の素材で作ってもらった隠密服が普段着になってしまった。
まあ、麻耶に「かっこいいよ」と言ってもらったからいいんだけど。
あの時の言葉は録音しておけばよかったと思いながら、顔パスで通れるようになった事務所を進んで行くと、霧崎さんに出迎えられた。
「あっ、お久しぶりですお兄さん」
「いやなんでマネージャーさんまで俺をそう呼ぶんですか?」
「いや、もうあなたのことネットで調べても名前では出てきにくいんです。皆お兄さんかお兄ちゃん、ちょっとやばめのファンがお兄様って呼んでいる感じでして……私もそちらのほうがいいかと思いまして……どれが良いですか?」
「さすがに年上にお兄ちゃんと呼ばれるのはきついんですけど」
「……はい?」
なぜだろうか。霧崎さんから放たれる圧が変わった気がする。
だが俺は自分の意見は変えない。
「年上ですよね?」
「……お兄さん。私何歳に見えますか?」
「29くらいですか? キャリアウーマンって感じですよね」
「……22です」
「はい?」
「私22ですが?」
「え? 年下ですか? じゃあ、敬語じゃなくていいか?」
「変わるところそこですか!? ていうか、年下相手でも今時はわりと敬語で接しますよ?」
そういうものなのだろうか? 社会人経験皆無なので分からん。
「いや、まあそうですね。これからも29歳くらいの人だと思って接しますね」
「……それはそれでちょっと複雑ですね」
「気にしないでください」
「それ私のセリフですよね?」
「まあまあ、落ち着いて。でも、22歳ってかなり若いですよね。今何年目なんですか?」
色々と思うところはあったようだが、霧崎さんは触れなかった。
「私は高校卒業してからこちらに入ったんです。一応、社会人歴は今年で五年目になりますね」
「そうだったんですね。またいきなりで麻耶を担当するなんて、才能ありますね」
「……それはありがとうございます、高校のときに配信者にドはまりして、それを支える仕事があるということで無事こちらの会社に入ったというわけです」
「それはまた、欲望のままに行動してますね」
「あなたに言われたくはありませんが……さて、本題ですけど……今日は一つ依頼がありまして、お兄さんに確認をしたいと思ったんですよ」
「依頼? 迷宮とかそっち系の話ですか?」
「いえ、冒険者学園……正確にいえば、冒険者協会からの依頼がありまして。臨時の講師を務めてほしいという話でした」
「分かりましたけど……中学までで一番得意だったの音楽ですけど、行けますかね?」
「教えるのは戦闘に関してです」
なんだそっちか。
音楽と麻耶学なら教えられるかもしれないと思っていたが、戦闘のほうか……。
「この前の麻耶さんの配信での戦い方の指導をしているところを見て、ぜひ一度学園生を見てほしいという話でした」
「……俺の配信、そういう人たちも見てるんですか?」
「見ているみたいですよ。まあ、うちの事務所の子が冒険者学園にいますので、その関係で見たのかもしれませんが」
「へえ、そういう繋がりなんですねぇ」
「はい。当日はその人に案内などは任せたいという話でしたが……依頼に関してはどうしますか?」
冒険者学園か。
あそこには、将来冒険者になりたいという夢を持って入学する子どもが多くいる。
また、身寄りのない子どもたちを受け入れる側面もあるため、俺も出来る限り支援していきたいとは思っている。
俺も、色々と苦労したからな。
「別にいいですよ」
「え? 本当ですか? 拒否されるかと思っていたんですけど……」
「俺をなんだと思っているんですか。暇なときは仕事受けますよ?」
「あなた別に何もしてないですよね?」
「麻耶の配信振り返ってますけど?」
「……そうですか。いやまあ、時間がある限り推しの動画を見たい気持ちはわかりますので私も何もいいませんが」
冒険者学園は、色々と難しい立場なんだよな。
行く当てのない子どもたちの進学費用を無償にする代わりに、冒険者の道を進ませようとさせるものだ。
だから、一部では批判の声もある。進路を選べない子どもたちに、冒険者という危険な仕事をさせるのはどういうことだ、と。
ただまあ、それはあくまで一つの進路だ。冒険者にならないとしても、普通教育は受けられるので別に大学受験すればいい。
大事なのは、高校生から冒険者という形でアルバイトができるというわけだ。
校内に迷宮がいくつかあり、放課後など気軽に金稼ぎができるんだよな。
将来のために貯金して、それで自分の希望する進路を目指す子どももいる。
利点、欠点と色々あるが、俺はまあいいんじゃないかと思う。
批判するのなら、それ以上の代替案を出してからにしてくれ、というのが俺の考え方だ。
まあ、俺はそんな機関があったなんて知らなかったから高校中退して冒険者になるという頭の悪い道を選んだけどな!
結局、どんなに便利なものでも知らなければ意味がないのである。
世の中、意外と便利なものはあるのが、あまり周知されていないことが多いので、何かする場合は自分で調べることが大事だと思い知らされた。
「それじゃあ……神宮寺さんを呼んでおいて正解でしたね」
「神宮寺さん?」
「あっ、知りませんよね……。うちの事務所に所属している子です。迷宮での配信を主にしている冒険者学校に通っている子ですよ。神宮寺リンネという名前で活動して――」
「そ、そこから先は私が説明しますね」
扉を開けて入ってきたのは、長めの長髪を揺らす女性だ。
水色の美しい髪は、魔力の影響によるものだろう。
学校帰りのようで、制服に身を包んでいる。
彼女は俺に気づくと、少し緊張した様子で頭を下げてきた。
「初めましてお兄さん。神宮寺リンネという名前で活動してます。本名は、三中凛音(みなかりんね)と申します。気軽に凛音、と呼んでください」
「初めまして。俺は迅という名前で活動している――」
「お兄さん……ですよね?」
苦笑気味に訂正してきた凛音に俺は頷くしかない。
「……最近だと、そう呼ぶやつもいるみたいだな」
他にもお兄ちゃんやお兄様というのもコメント欄では見かけるな。
「お兄さんで定着しているんですし、それでいいと思いますよ。それで依頼を受けてくれるということで……大丈夫、ですよね?」
「聞いていたのか?」
「そ、その気になっていたので……扉に耳を当てていました……」
凛音が必死な様子で扉に張り付いている姿を想像して、苦笑する。
「まあな。当日は学園の案内をしてくれるんだろ? よろしく頼む」
「そう、ですね。……あと、一応コラボ配信という形になるようですよ」
「そうなのか?」
俺が首を傾げると、かわりに答えたのは霧崎さんだった。
「……一応、当日は神宮寺さんのチャンネルで学園でのお兄さんの指導の様子を配信させてもらうことになりました。まあ、はっきりとコラボ、とは言いませんがそういう形で他の事務所の子と関わっていければ、と思いまして」
なるほど。冒険者学園での指導、という壁を作ることで受け入れやすくするという作戦か。
麻耶とはすでにコラボした身だが、あれは身内というのもあったからな。
それにしても、あのときの麻耶は本当に可愛かった。
視聴者もちゃんと俺がいないバージョンのものなども作ってくれたので、非常に満足である。
「そういうわけで、よろしくお願いします。あっ、それと当日配信する前に私も技術的な解説ができるようにしたいので、これから暇なときとか一緒に迷宮に潜ってくれませんか……? 私も、もっと強くなりたいんです……っ」
真剣な目とともに頭を下げてくる。
前向きな彼女の様子に、悪い気はしない。
「まあ、あんまり長い時間は取れないけどそれでいいならいいぞ?」
「あっ、ありがとうございます! 短い時間で頑張ります!」
「ああ、頑張ってくれ。そんじゃこれから行くか?」
「えっ? だ、大丈夫ですか? その麻耶さんの配信とか見る必要があるって言ってましたし……」
「大丈夫だ……一応、朝見てきたから、まだ麻耶エネルギーは切れてないしな」
「……なんですかそれ?」
「麻耶を見れていない時間が長くなると、俺の元気が減るんだ。そういうわけで、元気がある今のうちに行くぞ」
「分かりました……っ! お願いします!」
「それじゃあ霧崎さん。早速行ってきていいですか?」
本当にやる気満々だな。
凛音の提案を受け入れるように、俺は霧崎さんに確認を行う。
「……はい、大丈夫です。冒険者協会には私の方から連絡しておきますね」
霧崎さんの許可も下りた。
俺は霧崎さんに手を振ってから、凛音とともに事務所を出ていった。
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