第17話
私は麻耶ちゃんとともに配信を行うための部屋へと移動する。
そこについたところで、私たちは椅子に座る。
ここは以前、お兄さんが配信に使った場所だ。事務所で配信する場合は、いつもこの部屋を使う。
……これ、お兄さんが座った椅子という可能性もある。
いやいや、変なことは考えない。
一つ咳ばらいをしてから、私は配信モードに切り替える。
……お兄さんも見ているんだ。変な姿は見せられない。
それからすぐに配信が始まり、いくつもの心配するコメントが出てきた。
〈なんかSNSで見たけど、不審者に襲われたんだよな!?〉
〈ルカちゃん大丈夫なの!?〉
「わっ。ルカさん。凄いくらい心配されちゃってますよ!」
麻耶ちゃんがコメントに反応する。
事前にこの流れは予想していたので、私は少し説明口調になりながら話していく。
「……とりあえず、私は無傷だった。その場にいた人たちに取り押さえてもらったから、心配しないで」
ピースを作ると、コメントにも「良かった」、「心配してた」といったものが増えていく。
これで、ひとまず一段落だ。
私も安堵していると、今度は別のコメントが来ている。
〈なんか現地にいた人たちに聞いたけど、お兄さんが助けたんだろ?〉
〈マジでサイン会行ってたんだな……〉
〈お兄さん配信見てるのかな? ルカちゃんを助けてくれてありがとう!〉
〈公式チャンネルあるんだし、そっちでコメントとか残してくれないかな? 本当にありがとう!〉
……それは確かに私も思った。
あとで直接お礼を伝えに行こうとは思っていたけど、その前に事前に話くらいはしたい、と。
私も自分のチャンネルでお兄さんや麻耶ちゃんの配信にコメントを残しているので、お兄さんにも返事してもらえたらなぁ、と思っていると、麻耶ちゃんが苦笑していた。
「あっ、お兄ちゃん。自分のチャンネルに関してはログインのパスワードとか知らないんだよね。全部運営に任せる! って言ってるから」
〈草〉
〈でもマヤファンだし今日の配信は見てるだろ〉
……それは確かにそうかも。
麻耶ちゃんのファンだから、という理由に少しだけ引っかかる部分はあるけど、仮にお礼を伝えるチャンスでもあると思う。
「麻耶ちゃん。お兄さんって配信見てる……?」
「見てるかな? まあ今見てなくてもたぶんあとで見るかな?」
だよね。
麻耶ちゃんの言葉に安堵していると、コメント欄が大きく盛り上がっていった。
〈ルカファンからです! お兄さんありがとうございました!〉
〈お兄さんのおかげで今日の配信も見れています!〉
〈現地にいました! お兄さんめちゃめちゃかっこよかったです! あなたの弟になります!〉
〈私もあなたの妹になります! ありがとうございますお兄ちゃん!〉
……なんだか、ファンたちもだんだんおかしくなってきたような気がするけど、うん、気にしないでおこう。
「私からもお礼を言わせて。あのときは色々あってお礼も伝えられてないから……本当にありがとう。また今度、直接お礼は言わせてください」
〈ルカちゃんから直接お礼だと……?〉
〈……せめて、お礼はプライベートじゃなくて見えるところでお願いします〉
〈嫌だよ、ルカちゃんが関わるのは……〉
〈おいおい。ただお礼言うだけでなんだよこいつら……〉
〈一部のルカファンはやばいんだよな〉
〈ルカちゃん、気にしなくていいからな……!〉
……コメントは決して多くないけど、やっぱり私のファンからすると嫌な気分になる人もいるようだ。
そこが結構難しいところ。
……私、結構実力で成り上がってきたつもりだったんだけどなぁ。
「あはは。まあお兄ちゃんもそんなに気にしてないから大丈夫だよ。サイン会が中断しなくてよかったよかった、ってくらいだったしね」
〈ファンの鏡か?〉
〈でも実際、お兄ちゃんいなかったら普通はあそこで中断とかだよな……〉
〈ほんと、現地にいたファンとしては感謝しかないわ……〉
〈俺も。地方から今日のために電車乗り継いできてからほんと感謝だったわ〉
……それは確かにそうだと思う。
「それなら……良かった。お兄さん、火魔法直撃してたと思うけど大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫大丈夫。身体強化で自然治癒能力をあげたって言ってたよ」
「……そ、そんなこともできるの?」
「みたい。お兄ちゃんに聞いたら大丈夫だって」
……。
たぶん、私が直撃してたら傷が残っていたと思う。
本当に、凄い人だ。
〈……相変わらず化け物で草〉
〈マジで現役冒険者でも上位のほうだよな?〉
〈上位ではあるよな。海外の冒険者には核兵器級の化け物もいるからな……お兄ちゃんがその領域に到達しているかは分からん〉
〈少なくとも、日本だとトップ級だよな?〉
〈そこは実際に戦ってみないことには分からんな〉
コメント欄ではそんなお兄さんの強さについて考えだすようになっていた。
「実際どのくらい強いんだろうね」
「どうかなぁ……。私もお兄ちゃんがちゃんと戦ってるところ始めてみたからよくわからないんだよね」
「そっか。何か強さがわかる出来事とかってない?」
どのくらいの力かはちょっと気になっていた。私も、生まれ持っての魔力量がCランク冒険者ほどある。
でもお兄さんの底は全くみえなかった。
「うーん……そんなに思いつかないかなぁてあっでも昔修学旅行で新幹線に乗ったんだけどね」
「うん」
「そのとき、お財布忘れちゃって。やば! って思って目的地についたとき、お兄ちゃんが持って待っててくれたんだよね」
「…………どゆこと?」
「私もいつものストーキングかな? って思って流してたんだけど……」
「それはそれで流したらダメなやつじゃない?」
「いいのいいの。もしかしたら、新幹線より早く走って来てたんじゃないか……って思って……どうかな?」
「……か、可能性ありそう」
〈草〉
〈何その話〉
〈兄のやべぇ話もっとしろw〉
コメント欄が盛り上がっていく。
……最初、私がお兄さんの配信に出たときは結構コメント欄もあれていたものだった。
ただ今は、かなりお兄さんも受け入れられているようだ。
私としては、今の雰囲気は嫌いじゃない。
「他には……お兄ちゃんは――。あっ、お兄ちゃんからメッセージ来てる。麻耶の配信が見たいから俺の話はやめろ! だって」
「いや、これ二人の配信なんだけど……あっ、お兄さん。今日はありがとうございました」
……やはりお兄さん。麻耶ちゃん以外にまったく興味を持っていない。
それがちょっと気にはなったけど、私はお礼を伝えられていなかった。
サイン会のときはバタバタしていたし、終わったらすぐお兄さんいなくなっちゃったし。
本当は直接会って伝えたいけど、それはまた今度にしよう。
〈マジで配信見てるのか〉
〈お兄ちゃん、ありがとな!〉
〈また今度配信してくれよ! 登録しておいたからな!〉
〈迷宮の配信とか、他の人とのコラボとかでもいいからな!〉
神宮寺リンネ〈それなら是非私にも迷宮攻略を教えてほしいです!〉
「あっ、リンネちゃん来てるよー」
「本当だ。リンネちゃんも迷宮ガチ攻略してるし相性いいかも?」
〈リンネちゃんじゃん〉
〈確かに、リンネちゃんは冒険者学園通ってるんだし、それはありかもなw〉
事務所の、私たち配信者同士のグループLUINEがあるのだが、男性がデビューすると聞いた時は皆、お兄さんのほうを心配していた。
というのも、やはり女性しかいない事務所なので、ファンの人たちからすると思うところがあるようなのだ。
私は一応彼の先輩なので、ほっとしていた。
……まあでも、これはお兄さんのキャラ性のおかげでどうにかなっているのかもしれない。
「あっ、それでお兄ちゃんについてなんだけど……」
「……あっ、続けるんだ」
「うん。結構お兄ちゃんに会いたい人がいるみたいだから、一つアドバイス。お兄ちゃん。夜とか、人目につきにくいときは空跳んで移動するから目のいい人は見つけられるかも。流れ星を探すみたいな気持ちで夜空を見てみてね」
「いやだよ。流れ星だと思ったら麻耶ちゃんのお兄さんだったなんて」
神宮寺リンネ〈それは……ちょっと嫌かもです〉
〈最悪で草〉
〈何も願いごと叶わないどころか呪われそう〉
〈分かりました! これから空を見続けます!〉
……そんなこんなで、私たちの配信は始まっていった。
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