第13話

「本日は、お疲れさまでした」


 次回の打ち合わせと今日の配信のお祝いをかねて、俺は霧崎さんに連れられるようにして近くの居酒屋へと足を運んでいた。

 案内された個室にて、霧崎さんと向かい合うようにして座っている。


「いやー、こちらこそです。配信あんな感じで良かったですか? また炎上してるんじゃないですか?」


 ちょこちょこ俺の配信のあとには炎上しているのだとか。

 けらけら笑いながら答えると、霧崎さんは苦笑している。


「いえ、まあ……別にそこまで気にするようなものじゃありませんから、安心してください。配信も、問題なかったと思いますよ。とりあえず、飲み物でも注文していきましょうか。……そういえば、お互い大人だったので、特に考えもせず居酒屋に連れてきましたけど、迅さんはお酒飲むんですか?」

「いや飲まないですね。まあ、俺のことは気にせず好きに頼んでください」


 酒に関しては飲んだことはあるが、特別何か思うことはなかった。

 金がかかるし、別に飲まなくてもいいか、という感じだ。

 それよりは麻耶のグッズを購入するほうが優先である。


「……そ、それでは生を」

「はいはい。俺はオレンジジュースで」


 霧崎さんは少し照れた様子で飲み物を注文し、それからつまみになりそうなものを適当に頼んでいく。

 運ばれてきた食事と飲み物で軽く乾杯してから、これからの話をする。


「迅さんは配信活動はどうですか? 楽しんでいますか?」

「どうですかね……? まあ、でも新鮮ではありますかね?」

「新鮮?」

「はい。いつもやってることをただ見せるだけであそこまで反響があるとは思ってなかったんで。おかげでマヤチャンネルの登録者数も増えてますし、いいことづくしですね」


 麻耶も俺の配信を見て楽しんでくれているようなので、その点も悪い気はしない。


「……本当に、麻耶さんのことが大切なんですね」

「まあ……大事なたった一人の家族ですからね」

「……そうでしたね。失礼しました。辛いことを思い出させてしまって」

「いえ、別にもう気にしてませんし」


 両親が死んでしまったのはただの事故だ。

 気にする必要はない。

 迷宮爆発(ダンジョンフレア)。両親はそれに巻き込まれて、死んでしまった。


 迷宮爆発とは、迷宮内の魔物が外へと出てくる現象だ。めったに起きることはないが……ゼロではない。

 たまたま両親の職場近くにあった迷宮が迷宮爆発を起こし、逃げ遅れてしまった両親が死んだ。

 ただ、それだけだ。


 世の中にはそうやって親や家族を失う人は多くいる。……それでも迷宮は世界に多く存在する。

 迷宮自体は、最奥のボスモンスターの部屋奥にあるクリスタルを破壊することで、消滅させられるにもかかわらず、だ。


 それだけ、迷宮がもたらす資源や土地が大事ということだ。

 今では化石燃料の代わりとして、多くのものに魔石燃料が使われている。


 迷宮によっては魔物が出現しない階層も存在し、その土地を使って農作物を育てたり、あるいは工場のような使い方をされることもある。


 だから、危険が多くとも迷宮がこの世界に存在し続ける理由は、そんな複雑な事情が多くあるからだ。

 ……まあ、被害を受けた側からすればたまったものではないが。


 一応迷宮爆発が起きそうな迷宮に関しては、迷宮が放つ魔力量を調査することで調べられるらしい。

 だから、そこまで多く発生することはないが、それでもイレギュラーがないわけじゃないからな。


 迷宮のランクがいきなり変わる突然変異などもある。

 迷宮の脅威をあげればキリはないし、すべての迷宮を即座に攻略するべきという声もある。

 だが、万が一迷宮の恩恵を受けられなくなった国はかなり苦しい状況に置かれることになる。


 実際、他国では国民の迷宮に反対する意見を聞き入れ、他国から魔石などを輸入で賄おうとして、破綻した国とかもあったらしい。

 ……問題はさらにあり、優秀な冒険者が育たないため、国内に危険な迷宮ができたときも他国に依頼して派遣してもらう必要がある。


 そうなればまた金がかかってしまうわけで……今の時代迷宮と冒険者は切り離せない関係だ。


「迅さん。次の配信についてですが、やりたいことってありますか?」

「やりたいこと……? 特にはないですかね?」

「そうですよね……。また魔物との戦闘配信をするとしても、それはそれでマンネリ化してしまいそうなんですよね。……コラボも考えてはいるんですよね」

「コラボ? なんかそこらへんは警戒していませんでした?」

「そうなんですが……事務所も迷宮配信者が多くいますからね。いずれは、コラボも解禁していきたいという考えではあるんですよ」

「はー。それならとりあえず麻耶でいいんじゃないですか? 普段からカメラマンやってるし、別に問題ないですよね?」

「……確かに。それなら、視聴者も比較的押さえられるかもしれませんね。幸い、麻耶さんは男性ファン女性ファン半々くらいですし……っ。その方向で行きましょうか!」


 おお、マジか!?

 ただ、そう思ったところで一つ問題があるんだよな。


「俺、麻耶の配信をリアルタイムで見られないんですけど……」

「いや、むしろ一番近くで見ているじゃないですか……ていうか、これまでも何度かカメラマンはやってますよね?」

「いやいや……そもそも今回は俺も一緒に映る可能性があるんですよね? それは何というか……推しの邪魔をする感じがして嫌なんですよね……」

「……拘りがよくわかりませんね」

「いやいや、これ結構大事なことなんですよ! 分かりませんか!?」

「私なら、むしろ推しと共演できるとか嬉しいと思うのですが……」

「俺が配信を始めた動機がそれならそうかもしれませんが、それとこれとはちょっと違うんですよ! まあ、いいです……当日は影に隠れてますからね」

「……それだとコラボ感はありませんが、まあひとまずはそれでいいでしょうか。あとは、配信日ですよね。来週の土曜日は麻耶さんはルカさんとコラボがありますので……その次の週くらいですかね?」

「土曜日って麻耶のサイン会のあとですよね?」

「……お二人の、ですね。配信でも指摘されていましたが、ルカさんと麻耶さんのサイン会です」


 ルカ、という名前に聞き覚えがあるのはそれが理由か。


「そうでしたね。サイン会の後、配信ありましたけどあれってコラボだったんですね」

「……本当麻耶さん以外の情報はおかしいくらい遮断されますね」

「無駄に脳の要領を使わないようにしているんですよ」

「そこまで圧迫して脳に詰めるような情報あるんですか?」

「え? 麻耶の配信ですけど?」

「……そうですか」


 苦笑しながら霧崎さんは生ビールを一気に飲んでいく。

 ……話しながらぐびぐび飲みまくっているが、これでもう十杯目だぞ?


「霧崎さん、体大丈夫なんですか?」

「え? 大丈夫ですよ?」


 ……俺からしたら、迷宮に潜るよりよほど凄いと思うが。

 けろんとした様子で飲みまくる霧崎さんに恐れながら、俺はオレンジジュースをちびちびと飲んでいった。

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