第12話
「……な、なにこの人……」
私は迅さんを撮影するスマホを持っていたが、その手の震えが止まらない。
始めは、間違いなく恐怖だった。
今は……興奮だろうか。
圧倒されるような目の前の光景が信じられなかった。
……数十はいるミノタウロスへ突っ込んでいく迅さん。
「はっ! どうした! 歯ごたえねぇぞ!」
そう言いながら、彼はミノタウロスの肩へと噛みつき、噛みちぎってみせた。
〈やべえぞ!〉
〈ファーwww 下手なモンスターハウスよりすごい光景じゃねぇか!〉
〈ミノタウロスの群れとか万が一遭遇したら死ぬよな……?〉
〈ていうか、戦い方が一番やべぇよ!〉
……そう。
コメント欄の言う通り、彼は……武器を持たない。
ミノタウロスたちは斧を持ち、迅さんを取り囲んで全力の攻撃を叩きこんでいく。
だが、迅さんはその斧を腕で受け止め、へし折って見せた。
〈マジかよwww〉
〈何でできてるか分からんが、魔物の武器を生身で砕くのかよ!?〉
〈やっぱお兄ちゃんの戦闘能力やばいよ!〉
コメント欄は、大盛り上がりだ。
……映像越しでも、この無双っぷりはそれだけ熱中させられるものなのだろう。
……始め、私は迅さんのデビューには迷いがあった。
でも、この戦闘を見せられれば……自分の考えに間違いはないと思えた。
これだけの力を持ち、これだけ人を魅了し、楽しませられる人を、放置しておくのはもったいない……!
攻撃をしたミノタウロスは次の瞬間には殴られ、蹴られ、首を折られ霧のように消滅していく。
〈……ていうか、こいつマジで武器使わないのか?〉
〈隠し持っている、とかもないよな……〉
〈ジャパニーズ忍者!〉
〈これが日本のシノビか……〉
海外の人と思われるコメントも数多くみられる。
迷宮配信の強みは、そこでもある。言語が分からなくても、映像としてその凄さが伝わるんだ。
日本語に翻訳してコメントをくれる人もいれば、そのままの母国語も多くある。
ただ、どれも迅さんを称賛しているようだった。
……忍、と聞いて確かにその表現も間違いではないと思ってしまった。
ミノタウロスの合間を縫うように走り、その肉体で仕留めていく姿は……見た目の派手さのわりに正確無比。
普段の粗暴な言動などから考えられないほどに、無駄がなく洗練されている。
迅さんが片手を振りぬくと、ミノタウロスの首が跳ぶ。
魔物たちの死体はすぐに消滅し、後には素材だけが残る。
あれほどいた魔物たちは、すでに半分ほどになっている。
なにより、魔物たちの動きが緩慢なものへとなっていく。
表情が険しい。
間違いなく、恐怖している。
にやりと笑った迅さんに、ミノタウロスたちは顔を青ざめる。
だが、彼らは魔物としての本能か。逃走はしない。
力を振り絞るようにして、迅さんへと襲い掛かる。
〈手刀で首跳ねやがった……ww〉
〈マジで化け物すぎだろ……〉
〈人間やめてて草……いや草も生えんわ……〉
〈なんでこんな化け物が俺たちと同じマヤファンなんだよ……〉
〈マヤファンの平均戦闘能力あがりすぎだろ……〉
〈マヤを叩いたらこいつが家に押しかけてくるかもしれないんだよな……アンチ発言できねぇじゃん〉
ミノタウロスを一掃するのにそう時間はかからず、迅さんは倒した魔物たちの魔石を袋に入れて持って帰ってきた。
その袋をくるくるとぶん回している迅さんはこちらに気づいた様子で問いかけてくる。
「ほらよ。おまえら。お望み通りの戦闘配信だ。これを見たら、マヤチャンネルの登録よろしくな」
〈おまえのじゃないんかいw〉
〈いや……普通にお兄ちゃんのチャンネル登録したわ。また配信やってくれ〉
〈あんだけ無双されると気持ちいいくらいだな……〉
〈無双配信なんて初めてだよな……。迷宮の攻略って詰将棋みたいに計画的に行っていくものだし。それはそれで楽しいんだけどさ〉
〈あんな一方的にならないよな……これは、こいつにしかできないわ……〉
気づけば、また視聴者は十万人を余裕で越えていて、現在二十万人だ。
登録者数も、すでに八十万人を突破している。
……やはり、彼は凄まじい才能の持ち主だ。
「へいへい、お褒めの言葉どうもありがとさん。それじゃあ、今日の配信はこれで終わりでいいか? もう戦闘配信は十分みただろ?」
〈いや、まだやれよ〉
〈もっと戦ってるところみたいんだが?〉
〈それから、戦闘解説でもしてくれよ〉
「解説なんて面倒、パス! ていうか、また戦うとしてもミノタウロスだぞ? また別日に違う魔物と戦ってるところのほうがいいんじゃないか?」
〈おっ、それじゃあまたやってくれるのか?〉
「マヤチャンネルの伸び次第じゃないかねぇ?」
〈どんだけ妹好きなんだよこいつはw〉
〈まあ、こいつのダイマで見たマヤちゃんも普通に可愛かったから今じゃファンだけどさ〉
〈オレも〉
〈オレももうマヤちんの兄で、お兄さんの弟になっちまったよ……〉
……完全に終わる流れに持っていかれてしまった。
まだ配信して三十分ほどしか経っていないが、本人の言う通り、確かに一番の見どころはすでに終わってしまっている。
無理に引き延ばしても、間延びするだけだろうと判断した私は、そのまま迅さんの判断に合わせ、配信を終わらせる方向で話を進めてもらった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます