第14話


 土曜日。

 今日は待ちに待ったイベント日だ。


 次の俺の配信については、霧崎さんが日程を調整中なので今は存分にこのイベントを楽しもう。


 それは麻耶と……あともう一人の人のサイン会だ。

 確か、ルカだったな。

 前回の配信で何かそんなことを言っていたよな。


 俺は顔を隠すようにして、イベント会場へと足を運んでいた。

 ……なんか配信してから街中で声をかけられるようになるようになったからな。


 大した影響はないだろうと思っていたが、大被害だ。これなら顔を隠して配信すればよかったよな。

 ……っていっても、すでにニュースとかでも取り上げられまくっているらしいからな。

 今更か。


 そういうわけで、現在はマスクにサングラスと怪しい格好での参加だ。

 ここまで隠せばバレることは少ない。


 荷物検査を無事突破した俺は、その日のサイン会の列に並んでいた。

 列は二つある。

 麻耶と……もう一人の女性だ。


 あっちはあっちで事務所の子なんだよな。

 列は……圧倒的に麻耶のほうが負けている。


 我が事のように悔しい……。ただ、いつかはきっと並ぶだろう。

 だって麻耶は可愛いのだから。


 イベント開始まであと十分。

 時間まで列で待機していると――来た。


 麻耶ともう一人の子の列のほうへ、女性がやってくる。


「皆お待たせー!」

「これから始まるから、ちょっと待っててね」


 麻耶ともう一人の子が声をあげる。

 会場は一気に盛り上がり、俺も麻耶ファンとして周りとともに歓声を上げる。

 そして、サイン会が始まる。皆一言二言の挨拶とともに、購入していたCDの表紙にサインをかいてもらっている。

 列はゆっくりと進んでいく。


 俺も自分の番まであと三人だ。

 ここまで来ると麻耶の声も聞こえてくる。

 ファンとの交流をしている麻耶の成長した姿に、お兄ちゃんとして歓喜しているときだった。


 ……何やら、向こう側の列のほうでじんわりとした魔力を感じ取った。

 ……なんで魔法の準備をしているんだ?


 俺ももうすぐ麻耶に会える位置まで来て、そうなるともう一人の席も見えてくる。

 ルカ、という看板も見え、ようやく名前を思い出した。

 そうそう、ルカだ。


 ぽんと手を叩きながらも、俺はそちらの列に感じていた魔力について調べていく。

 ……これは火属性の魔法か?

 準備しているのが警備をしている冒険者ならば分かる。

 だが、その魔法は列に並ぶファンが準備をしている。


 ……明らかに、異常だ。

 サイン会ではあるはずのない異常事態に、俺はその発生源を探っていく。


 麻耶とルカ。そのどちらにも冒険者の警備はいる。

 ……まあ、これだけ駄々もれなら膨れ上がった魔力にも気づいていることだろう。


 もしも、何かあれば警備が対応するはずだ。

 俺も……もうすぐ麻耶のサインをもらえるんだ。ここで列を跳びだしたら、それこそ俺が不審者にされてしまう。


 そう考えていたときだった。


「はい。次の方?」


 落ち着いた声とともにルカの声が響いた。

 呼ばれた男性は、俯きながらゆっくりとルカへと近づいていく。

 ……そして――次の瞬間、その狂気に染まった顔を上げる。


「ルカちゃん! 僕だよ! 皆藤次郎だよ……! ルカちゃんに会いに来たんだよ!」

「え?」

「驚くよね!? 驚いちゃったよね!? ごめんね? でも、僕何度も君とあってね、君を僕のものにしたいと思ったんだ。だから、今日ここで殺してあげるねっ!」

「……ど、どういうこ――と……!?」


 ルカが怯えた様に問いかけた瞬間、彼女は彼の異変に気づいたのだろう。

 彼が叫んだところで、ようやく異変に気付いたようで冒険者たちが目を見開き駆け出す。

 ……遅い。それでは、魔法の発動に間に合わない。


「それじゃあルカちゃん! 一緒にあの世で幸せに暮らそうね……っ!」


 放たれたのは、火魔法。

 ルカの顔を狙ったその一撃は――しかし俺が片手で受け止めた。


「うおっ! あっちーな! 魔力以上の威力じゃん。中々やるなおまえ」


 俺が火を払うように手を動かすと、男は怯んだ様子で真っすぐにルカへと飛び掛かる。

 だが、その顔面を掴むようにして弾き返した。

 地面を転がりながらもすぐに体を起こし、男は狂気に染まった表情とともに叫ぶ


「邪魔するな!」


 多少の身体強化を使っているのだろうが、かなり粗末なものだ。

 振りぬかれた拳をかわすと、即座に魔法が襲い掛かってくる。

 俺は思い切り息を吸ってその火を吹き消すと、男が目を見開いた。


「ば、化け物……っ」

「いやいきなり人に奇襲仕掛けておいて人をそう呼ぶのは酷くない?」

「う、うわあああ!?」


 男は慌てた様子で逃げ出したが、俺はその先に回り男の前に立つ。

 それでも、男は拳を握りしめると、こちらへ殴りかかってきた。

 その手首を掴んでから、俺は拳を固めて男に微笑みかける。


 最後の別れは笑顔で。大事な合言葉だ。

 男は必死に俺から逃げようしたが、逃がすわけがない。

 俺はぐっと拳を握りしめる。


「蹴りとパンチどっちがいい?」

「い、嫌だ! やめてくれ!」

「んじゃ頭突きで!」


 本人の意向を尊重し、蹴りも拳もやめて思い切り頭に頭突きを放った。


「あがっ!?」


 悲鳴が僅かに漏れると同時、彼はそのまま倒れた。

 意識はなくなったようだ。

 ……まったく。


 俺は少し燃えてしまった服を見て、がくりとうなだれる。

 この服は去年の五月三日に麻耶と一緒に買いに行ったお気に入りの服だったのに……。

 そんなことを考えながら、ちらとルカを見る。


「怪我してないか?」

「え……あ……う、うん」

「良かった良かった」


 俺は冒険者に男を引き渡してから、静まり返ってしまったイベント会場で声をあげる。


「それなら、サイン会は無事続行で大丈夫か? 大丈夫だよな? ていうか俺また並びなおしたほうがいいか? どうなんだ?」


 もうすぐ麻耶のサインをもらえるのだ……。ここで、中断されてしまっては困る。

 お願いだから、俺まででいいから続けてくれ……っ。


 そんな切望する気持ちとともに周囲を見るのだが、周りはしーんとしたままである。

 ……あれ?

 

 そんなことを思っていると、近くにいた女性が俺を見て何やら感動したような目を向けてくる。


「あ、あの……本物のお兄ちゃんですか?」

「おいこら。誰がお兄ちゃんだ。おまえの兄になった覚えはないぞ?」


 俺がじとりとそちらを睨むと、


「ほ、本物だ! ふぁ、ファンです! サインください!」


 その対応でか、なぜか本物認定されてしまった。


「お、オレもです! 生お兄ちゃん見たかったんです!」

「この前のミノタウロスの戦闘興奮しました! ぜひまたお願いします!」

「さっきの凄かったですね!?」

「ルカファンですけど、お兄さんのファンでもあります! お兄さん! サインください!」


 ……一斉に、こちらへと押し寄せてきやがった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る