第2話
どうやら私は、とんでもない出来事に巻き込まれているようだ。
何しろ、天使と死神、天界と地獄の争いのその渦中に据えられてしまっているのだから。
なんて、大層な表現をしてみたところで、現実は変わらない。
私を挟んで〝天使〟こと
「ねえ、
「落ち着いてください奏さん、彼女を信じては碌なことになりません。まずはこちらの話を──」
ちなみに、奏というのは私の名前だ。
珍しい苗字に、あまりストレートには読まれない名前。──正直あまり好きではない。
不審人物二人に、わざわざ名乗るギリなんてなかったけれど、ついうっかり口を滑らせてしまったのは失敗だった。
そのせいで、生流からは馴れ馴れしく名前を呼ばれ、そして都築は一向に退く気配がない。
「──そもそもなんなんですか、あなたたちは。私、誰かに何かを頼んだりはしてないんですけれど」
さすがに耳元で言い争われるのにうんざりして、私は疲れた口調で苦言を呈す。
「だから、放っておいてください。私は……死にたい、だけなので」
私の言葉に、しかし二人はうんとは頷かない。
「ええ、ですから、お互いに不利益を被らないよう、その死を手伝う代わり、死後の仕事について相談させていただければ、という了見で僕はここに来たんですよ。……だというのに、この死神が──」
「まるでアタシが邪魔したかのような言いぐさは、流石にどうかと思うわこの偽善者ペテン師!」
「ペテン師とはご挨拶ですね。……かく言うあなたはどうなんですか? その頭に付けた光輪、人間から見たら、天使の持つものに見えるでしょう。実質詐欺なのでは? 死神なのに、何故つけているんですか?」
「ファッション!」
堂々と彼女は言い切る。
「常世の者ではないってのが、これで一目瞭然でしょ? そうでしょ? なんなら、アタシが光輪を着けてるんだから、アンタたちは天冠でも着けたらどう? 洋服には似合わないだろうけど!」
「そちらの都合に合わせるつもりはありませんよ、レディ。黙っていてくれますか? まだ彼女との話の途中なので」
「いーえ、それは無理な相談だね!」
「……何故ですか? 後からやって来たあなたに、とやかく言われる筋合いは──」
「ありありの大有りさ。ありをりはべりいまそかり、ってね!」
うんざりした口調の都築に対し、生流は堂々として、意味も合っていない単語すら追加して元気いっぱいに応戦する。
「そもそも、現世はこっちの管轄だし?」
「寝言は寝て言いなさい。ここは天界と地獄、どっちの管轄でもないでしょう」
「そーかいそーかい。でも、人一人の逝き先がかかってるんだぜ? きちんと説明しないと失礼だとは思わないかい? そうじゃないかい?」
ちっちっと指を振りながら、生流が言う。
心底うんざりしたように、都築が頬を歪めた。
「だから、その説明を──」
都築の言葉を遮るように、生流が振っていた指をびしりと前──彼の胸先へと突き出した。
「まさかアンタ、あれを説明って言うんじゃないでしょうね?」
「きちんと説明する前に、あなたが邪魔したんでしょうに」
「あ、そ。まあいいわ」
話を聞いているのだかいないのだか、彼女は肩を竦めると、私の方へと向き直った。
「じゃあ、アタシからキチンと説明したげる。まずは──」
「待ちなさい。何故あなたがでしゃばるんですか」
「あーもー黙って! 誰が説明しようと一緒でしょ? そうでしょ? ……ああそっか! 案外自信がないんだ? 意気地がないんだ?」
「……わかりましたよ。公平にお願いしますよ」
「当たり前だのクラッカーよ!」
「だからネタとセンスが古いんですって」
「……あの」
さすがに黙ってられなかった。
「いい加減にしてくれますか。言いましたよね、死にたいだけだって。正直──、二人とも、邪魔です」
ぴいぴいと耳元で言い争われて、疲れるったらない。
心底嫌そうな顔をしていたのだろう。
「これは失礼いたしました。僕としたことが、熱くなってしまいまして」
と、彼が頭を下げる。
「こほん。それは失敬失敬」
と、彼女は咳払いした後、おどけたように謝る。
しかし、生流はその程度で止まるような人間──もとい、死神ではなかった。
「しかしだね、そこだよ奏ちゃん。〝死にたいだけ〟。それは視野狭窄だとは思わないかい?」
「……どういうことですか?」
彼女の言いたいことの意味が解らず、私は眉を顰める。……きっとまた、『人相の悪い』顔つきをしているのだろうと思うと、自己嫌悪に陥ってしまいそうではあるけれど、しかしその表情が出てしまうのはしょうがないだろう。この顔つきは変えられない。
そんな私の疑問も、気持ちも知らないと言わんばかりに、彼女はあっけらかんとして肩を竦めた。
「わからないなら別にいいさ。無理してわかろうとするものでもないさ。ただ、これはキミの今後の生き先の話だからね、聞いておくに越したことはないと思うけどね」
「……手短にお願いします」
「おーけい、じゃあサクッと行こうか。そも大前提として、キミには今、選択肢が四つばかりあるんだよ」
「選択肢?」
そう、選択肢、と彼女は頷いてから、「一つ」と言って右手の指を一本立てる。
「普通に自殺すること。一般的な審判にかけられて、天国逝きか地獄逝きかが決まる。これがフツーのルートだね。だけど私たちに目を着けられてしまったからには、そうは問屋が卸さない」
「また言い回しの古い──」
「はーい如何様ペテン師は黙っていてくださぁーい! こほん。じゃあ二つ目ね」
そう言って彼女は右手の指をさらに一本立てる。
「次のルートは、生きるというルート。フツーに人生を生きなさいな。私たちは無理に人の人生に干渉するわけにはいかないからね、今日の話は忘れてもらっていいわよ。……ま、今のキミは選ばないのかな、このルートは」
そう言ってから彼女は、「三つ目」と言ってさらに指を一本立てる。
「本っっっっ当~~におすすめしないけれど、このペテン師の詐欺にひっかかって天界で働くルート。労働条件は後で聞けばいいと思うけど、騙されないように注意なさい。なにせ、地獄と違って天界には、死なないと行けないから」
「ん?」
その物言いに、私は首を傾げる。
「地獄と違って──?」
私のその疑問に直接は応えず、生流は指をさらに一本立てる。
「さて、四つ目、これが超絶おすすめの地獄に行っちゃおうぜキャンペーン! ま、事情は
「地獄は死ななくても行ける??」
聞いたことのない話に、思わず聞き返してしまう。
そうだよ、と彼女は当たり前のように頷いた。
「知らない? 浦島太郎に出てくる竜宮城って、地獄のことだし」
まったく聞いたことのないトンデモ説に、開いた口がふさがらない。
いや、それよりも──。
「……あの、私死にたいんですけど」
だから別に、死なないことがお得だと言われてもピンとこない。
だが、その発言の何かが癪に障ったのだろうか。
彼女は詰まらなそうに眉を平たんにして、ふぅん、と呟いた。
「……ま、アンタがそう言うならいいけどさ、それでさ。──でも、こうは思わない? 天界に行くには死ぬしかない。あっちの方が辛くても、死んでしまったらもう、やり直しは利かない。でも、死なない地獄なら、肌に合わなければやり直しが利く。どう? おトクじゃない? そう思わない?」
どう? どう? と生流が言う。
なるほど、確かにそれは魅力的な条件なのだろう。
あくまで、一般の人にとっては。
だが、私は違う。
生き返りたいとは思わないし、そもそも──
「……なんで、
私のその言葉に、今まで流暢にしゃべっていた生流が、きょとんと目を丸くした。
唖然、呆然。
表情から、その感情がありありと読み取れる。
「…………おい」
しばらくの沈黙の後、低い声で彼女が言う。
責めるように、詰るように。
その矛先は──
「おいおいおいおい、このペテン師! なんで肝心なところを説明していないかね!? せっかくのアタシの勧誘が効果半減どころか逆効果じゃないか! はー! これだから天使というヤツは!!」
矛先の向いた都築も、流石に耐えきれなかったのだろう。
彼は初めて、心底嫌そうな顔を見せて、溜め息を吐き出した。
「それを説明する前に、割り込んできたのはあなたでしょうに。というか話聞いていたんじゃなかったんですか?」
「キミの事情なんて知らないね! アタシはアタシがやりたいようにやるだけだからね!」
「──この、はた迷惑な……!!」
眉と頬の筋肉を引きつらせながら、しかしすぐに、怒っても無駄だと悟ったように溜め息を吐き出して、都築はくるりと私の方へ向き直った。
「さて、コレは放っておいて、話の続きをしましょうか」
「都築だけに?」
「黙らっしゃい」
茶々を入れる生流に、都築はピシャリと言い放って続ける。
「先ほどコレも言っていましたが、正直なところ、僕たちに見つかった時点で、あなたの普通に自殺するという選択肢はなくなりました」
「……なんでですか?」
さすがに、それは横暴が過ぎないだろうか。
人の死後にかかわる天使と死神とはいえ、死を人質に、労働を迫るというのは、現代的に考えれば労基案件ではなかろうか。
自殺したら即労働という
つまり、彼らはやらなくてもいい労働を、私に押し付けようとしている可能性がある。
その怪訝を察したのだろうか、彼は両手を広げて敵意がないアピールをする。
「おっと、あなたに害をなそうというわけではありません。ちゃあんと、あなたに利のあるお話です」
「…………」
私の沈黙に肩を竦めて、都築が続ける。
「そもそも奏さん、死後の魂って、どうなるかはご存じですか?」
「……いいえ」
そうでしょうとも、と言うように、都築が頷く。
「まず、魂は須らく、一度は地獄へと向かい審判を受けます。天界逝きか、それとも地獄で罰を受けるか。それはまあ置いておきましょう。重要なのは、その後。死後の魂は、巡り巡って全て天界へと向かいます。その後、魂は現世へと転生させられるのが常です」
「て、転生?」
「? 驚くことですか? この国では、輪廻転生という考えに馴染は深いでしょう? ともあれ、問題なのは、あなたが〝死にたがり〟なことですよ」
と、彼は言う。
「〝死にたがり〟の魂の厄介なところは、いくらまっさらで綺麗な魂にして現世に返しても、直ぐに死んで戻ってくること。せっかく手間暇かけて転生させたのに、それが瞬く間に死に戻ってくるなんて、やってられないと思いませんか?」
都築の言葉に続いて、生流が言う。
「地獄で罰を受ける〝死にたがり〟は少ないけど、結局地獄で審判するから、こっちも無関係って訳にはいかなくてねー」
つまり──
「その〝死にたがり〟は、天界と地獄の仕事を増やす存在だから、転生のレールに乗る前に引き上げて、仕事を与えて転生させないようにしたいということ?」
「さっすが奏ちゃん! 頭が良くて助かるわ! 是非に
そう言って、私に向かって両手を広げて飛び込んで来ようとした生流は、しかし都築に首根っこを掴まれて、その行動を阻害された。
「抜け駆けは許しません」
「何? アンタも奏ちゃんに抱き着きたかったの?」
「そんなわけがないでしょう。まったく、あなたのせいで話が進まない」
忌々し気に、都築が毒吐く。
転生だの、地獄だの天界だの、天使だの死神だの、平時であれば信用できない言葉が飛び交う彼らの説明。
ただ、
──死にたい。
ヘドロのように私の心の底にこびりつき、離れてくれないこの思いが、それらが真実であると訴えかけてくる。
確かに、このヘドロの感情は、転生したくらいでは消え去りそうにない。
しかし、なるほど。
これでようやく二人の関係が見えてきた。
先ほど説明していた内容からして、天使の方は私を地獄に渡したくはないだろう。地獄の仕事が早くなれば、その分天界に早く仕事が回ってきてしまうのだから。
一方の地獄も、天界のみ人手が増えるのは避けたいのだろう。早く現世に帰る魂が増えれば、その分地獄へ巡ってくる魂の数も増えることになる。
つまり彼らは私を、自分たちの陣営で雇いたいだけではなく、相手の陣営にも入れたくないわけだ。
そして私としては──
(──確かに、転生後に記憶があるのかとかそういうのは置いておいて、また〝死にたくなる〟ような人生を送る可能性が高いのなら、私は転生なんてしたくない。こんな気持ちで生きなければならない人生なんて、いらない)
そう思う。
そうであるなら──、それよりもつらいのでないのなら、働くこともやぶさかではないように思う。
ただ。
「……話は分かりました。ですが……私としては、どっちでもいいです。そっちで話をつけてください」
それを聞いた死神と天使は、きょとんとして顔を見合わせた。
そう、私からすれば、どちらでもいいのだ。
天界だろうが、地獄だろうが。
今、私の置かれている、この環境から抜け出せるなら。
「奏ちゃんってば、自分のことなのにドライ過ぎない? そうじゃない?」
「……しかし、弱りましたね。無理やり連れて行くわけにもいきませんし」
「そうだね、大変だね、こりゃ重症だね」
今までいがみ合っていたのが嘘のように、困ったように一緒に頭を悩ませる天使と死神。
「……時間がかかるようなら、じゃんけんでも殴り合いででも決めたらいいじゃないですか」
「それがねェ……」
「そうもいかないんですよね……」」
私の提案に、しかし二人は煮え切らない返事をする。
「じゃんけんはどうせ千日手だろうから、どっちが諦めるかの勝負。時間がかかりすぎるからねぇ」
そうですね、と生流の言葉に都築が同調する。
「基本的に天界と地獄の直接的な干渉は禁止されてますから、殴り合いをしたら大問題ですしね」
「まあ殴り合いだったらアタシの圧勝だけどね!」
「だからやったら大問題だって言っているでしょう。バカなんですかあなたは」
罵倒され慣れていないのか、それとも冷たくあしらわれたのが予想外だったのか、生流はあからさまにショックを受けている様子である。
そんな彼女の様子に肩を竦めてから、都築は額に人差し指を当てて少し考えてから、その指をピンとたてた。
「まあ悩んでいても、いたずらに時間が過ぎるだけですし、仕事の説明をして、少しでも奏さんが気になる方へ行っていただく、というのが無難でしょうね。今なら無駄な横やりを入れられずに済みそうですし」
そう言って、彼は天界での仕事を説明し始めた。
話の内容として、やってほしいのは事務処理系の仕事らしい。肌に合わなければ、別の仕事も用意できるとのことだ。
一日六時間労働、有給支給、住居支給、週休完全二日制。
一般的に娯楽と呼ばれるものであれば、大抵のものは手に入るらしい。
中でも異質な労働条件だったのが──
「そうそう、あと天界で働く天使となれば、魔法の行使が可能になります。例えば先ほど僕が作った結界のような」
様々な魔法があるようで、事務作業に適した魔法もあるらしい。
ふと思い出したのは、ハリー・ポッターで出てくる魔法の数々。
なるほど、好きな人は、その条件だけでも承諾しかねないほどに魅力な条件なのだろう。
ただ──、私にとっては、どうでも良かった。
「さあさあ、さっきは罵倒してくれちゃって! 今度はこっちのターンだぜ、文句は言わせないぜ! じゃあ奏ちゃん! このペテン師の話は忘れてきっちりきっかり聞いておくれよ!」
いつの間にか立ち直っていた生流が、ぐいと都築を押しのけて、地獄の仕事について語りだす。
人手が欲しいのは、地獄もやはり事務作業らしい。
最大一日十二時間の裁量労働制、有給支給、週休三日、休日出勤時々あり。
娯楽は早い者勝ち、とよくわからないことを言っていたが、あるにはあるらしい。
そして極めつけは──
「そーだそうそう。ようやく
「……私、特別な資格とか持ってないですけど?」
期待されて、それを勝手に裏切ったと言われるのはまっぴらだった。
しかし、その心配はないと言わんばかりに、彼女は指を振った。
「いやいや、キミも現代っ子だ、そうだろう? なら、PCの知識の一つや二つ、持っているんじゃないかい? ほら、例えば表計算系の知識とかさ」
「……持ってはいますけど……正気です?」
表計算の情報処理能力検定は、一応二級レベルなら、高校で勉強させられている。
だが、今話している相手は死神で、死後の世界に関する(当の死神は『地獄は死ななくても行ける』と豪語していたが)話をしていたはずだ。
なのに、パソコン?
「いやー、未だに事務処理がぜーんぶ手作業だから、時間がかかってしょうがないわけよ。それなら、
「なっ、待ちなさい! そちらばかり効率化されてしまえば、こちらの業務負担が増える一方じゃないですか! そんな蛮行は許しませんよ、先にこちらの業務体制を整える必要が──」
慌てたように都築が声を荒らげるが、彼女は全くそれに動じるはずもない。
「天界は天界でどうにかしてくださいー、アタシに責任押し付けんな! ……こほん。ともあれともあれ、そんな
なるほど、実際今持っている技能で、十分に社会貢献──もとい地獄貢献できることを示すには、いいプレゼンなのかもしれない。
だが、それでも
「──やっぱり、どっちでもいいです。多分、書類整理くらいなら、多分できると思うので。なのでそちらで決めてください」
やはり私は、どちらでも良かった。
肝心なのは、今、この世からいなくなること。
それ以外のことには、心が動かなかった。
──死にたい。
だから、それ以降のことを決める、気力がわかない。
そんな私を見てどう思ったのか。
やれやれ、と不満そうな顔をして、彼女が口を開いた。
「はー、まったく頑固だこと!」
「口調が古臭いですよ。……しかし、これは本当に弱りましたね。話が進まない」
「誰かさんが折れてくれれば、話は早いんだけどねぇ?」
「そっくりお返ししますよ。まったく、あなたが現れなければ、ここまで話がこじれなかったものを……」
まったく頭が痛い、と都築が溜め息を吐く。
「それを言うならアンタね──」
「いい加減にしてください。これだから地獄の方々は──」
その後もやいのやいのと言い争いを続ける二人に、私の口からつい、溜め息が漏れた。
「いいから話をつけてよ……。せっかく、今日なら死ねるかもって思ったのに」
私の呟きに、二人がぴたりと言い争いを辞める。
ただ、話し合いの決着は、私の期待した通りにはいかなかった。
「確かに、このまま話し合っていても不毛ですね」
「あー、まー確かにねぇ。……よっし、ここは一時停戦といこうじゃないか、ペテン師くん」
「……そもそも、争っているつもりはないのですけど」
「兎にも角にも、だ。ここはいったん手打ちにして、どっちが彼女を優先的に
……用意、と言ったのだろうか、この死神は?
つまり、それの意味するところは──
「なるほど、確かに、その方が堅実でしょうね。期限はいつにしましょう?」
「……ま、早い方がいいだろう、奏ちゃんを待たせることになるからね。明日の同刻、その決闘の
「……決闘手段は、公正公平にお願いしますよ」
「それはこっちのセリフだね! ……まあ、正々堂々やろうじゃない」
自分の、しかも命のことだというのに、勝手に話が進められてしまっている。
「あの──」
そのことに物申そうとしたところで、もう手遅れのようだった。
「と、いうワケで」
くるりと私の方を振り返って、彼女はにこりと笑って言う。
「奏ちゃん、それじゃあまた明日! 同じ時間に、またここで! それまで勝手に死ぬんじゃないぞ、そしたら即刻地獄の折檻が決定だぜ?」
そう言うが早いか、彼女はトンと地面を蹴って軽く跳び上がると、そのまま夜の闇に溶けるように姿を消した。
まったく身勝手な、と呆れたように呟いて、彼は最初に会ったその時のような紳士的な態度で、
「それではレディ、また明日お会いしましょう。お辛いとは思いますが、死に臨むのは明日まで辛抱を。では」
彼は一礼すると、光の粒となって月明かりに消えていく。
ぽつんと取り残された私は、独りになった廃ビルの屋上で、私は空を見上げて、ぷう、とため息を吐いた。
死後の世界がある以上、ここで勝手に死んだところで、きっとまたぞろややこしいことになるような気がする。少なくとも、地獄と天界の住民から目を向けられたのだから。
……まあ、いいか。
どうせ今日も、〝死ぬことができたら死ぬ〟という気持ちで来たのだ。
むしろ、明日死ぬ目途が立っただけ、ありがたいと思わないと。
──それでも、やはり良くはない。
今日も今日とて、帰らねばならない。
あの家へ。
少なくとも、日付が変わるその前には。
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