第151話
【ニュース速報】
女性アナウンサーが原稿を読み上げる。
「速報です。特級冒険者パーティー四本の牙が引退を発表しました。更にTレックスが冒険者として世界進出する事を自身のSNSで発表しました」
女性アナウンサーがモニター画面で説明する。
「まず特級パーティー4本の牙ですが、体力の衰えを理由に引退を発表しました。そしてTレックスは日本から飛び出し、世界に活躍の場を広げていく事を自身のSNSで発信しています。事態は更に深刻です。中級以上の冒険者がアシュラ災害後も大きく数を減らしています」
モニターの画面が切り替わった。
「これがアシュラ災害以前の中級以上の冒険者数です」
アシュラ災害前
特級冒険者17人
上級冒険者98人
中級冒険者2056人
「そしてアシュラ災害後の冒険者数がこちらになります」
隠してあった画面が表示された。
アシュラ災害後
特級冒険者17人
上級冒険者42人
中級冒険者996人
「更に、現状がこちらです」
特級冒険者9人
上級冒険者35人
中級冒険者651人
「冒険者専門家にして上級レベル10冒険者でありながら、更には冒険者試験の試験官としても有名な見切りのシンさんに解説をお願いしていきます」
「よろしくお願いします」
「早速ですがこのデータをどう読み解けばいいでしょうか?」
「画面を見て貰えれば分かるように、中級以上の冒険者がアシュラ災害後から更に減少しています。一番の要因は政府への不信感です」
「と、言いますと?」
「アシュラ災害で多くの被害を出した原因は数の力で押し負け、被害を拡大させたことです。もし、ハザマを護衛する冒険者も動員できていれば全く違う結果になっていたでしょう」
「ネットでは戦力の逐次投入が問題だったと声が上がっていますが、その点についてはどうでしょう?」
「後から見ればそうとも言えますが、あの状況では現状の把握すら出来ていませんでした。あそこで動かなければ更なる被害が広がっていた可能性がありましたから、あの時点では悪い判断とは言えません。むしろもっと大胆に冒険者を投入するべきでした」
「なるほど、ハザマ合理化の遅れなどの冒険者制度改革の遅れ、そしてハザマ施設を守る冒険者を現場に急行させなかった政府の行動に不信感が募っていると?」
「そうです、しかもアシュラ災害では、中級冒険者にもスケルトン討伐の要請が出されました。その事で中級冒険者以上になればモンスター省や政府から要請を受ける印象を与えてしまったのです」
「政府への不信感についてもっと詳しくお願いします」
「元々ハザマ施設の改革を進めないしわ寄せは冒険者に振りかかっていました。具体的に言えば上級冒険者以上の資格を持った方が要請を受けて呼び出される頻度が多く、地方間を何度も移動する生活を余儀なくされていました」
「要請なら断る事も出来るように思いますが?」
「確かに断る事も可能ですが、必ず理由を聞かれます。そうですね、例えるなら警察官の尋問を受けるイメージです。この国は民主主義ですから冒険者に強制は出来ません。そんな事をしてしまえば人権問題に発展します。なので国は任意で、しかし出来るだけ要請に応じて貰うように動くわけです」
「自由を奪いすぎる事で冒険者の海外流出が加速する側面もありますから強制できない部分もありますよね。他にもありますか?」
「更に冒険者は税金面でも弱者が優遇されています」
「税金、ですか」
「はい、世界的には冒険者を優遇する政策が取られていますが、日本はトッププレイヤーには優しくありません。ドロップ品の販売価格が安く、更に最高税率が55%と高くなっています」
「アメリカの最高税率は37%でしたよね?」
「はい、一般の方からすれば、たくさん利益を出せる冒険者から税金を取るのは当然と考える方もいるかもしれません、しかしこう考えてみて欲しいのです。例えば、あなたが死ぬリスクを取ってマグロ漁船に乗っているとします。苦しい思いをしてなんとか生き残りたくさんのマグロを取って帰ってきました。しかしマグロは安く買い叩かれ、その安い販売価格の中から高い税金を払います」
「なるほど、ありがとうございます。話は変わりますがアシュラ災害後から冒険者の数が減っているのは、政府への不信感から冒険者を辞めた、もしくは国外へ人材が流出したと考えていいでしょうか?」
「それもあります。付け加えると、中級以上の冒険者が1度冒険者免許を返納し、初級冒険者から再スタートし、初級のままでいる。そういったケースが多くなりました」
「初級冒険者なら国から要請を受ける事はありませんからね」
「はい、弱いふりをしてお金を稼いで目立たず生きる人が増えています」
「政府に出来る対策はありますか?」
「2つあります。1つめは初級冒険者でも上のハザマに入れるようにすることで問題は緩和されると思います。ただ、これをすると、冒険者ランクの意味が無いと批判を受けるでしょう。それでも僕は、自己責任で自由にハザマに入れるようにするべきだと思っています」
「2つ目は冒険者への投資優遇制度です。例えばイギリスの場合ざっくり言うと冒険者に投資をする事で1年後に冒険者が死んでいなければ1.5倍になって返ってきます。マッチングアプリのような感覚で誰もがスマホ1つで簡単に投資をする事が出来ます。ただ、日本は投資後進国ですからNISA制度の時のように導入に反対する意見も多く出るでしょう」
「難しい問題ですね。最期にこの問題を短くまとめてボードに書いて欲しいです」
ボードに文字を書いてカメラに向けた。
『弱いふりをする冒険者』
「弱いふりをする冒険者、その心は?」
「冒険者は初級でいる方が楽です。日本は初級冒険者のまま要請を受けず、格下のモンスターを狩って楽をして生きた方が得ですから、アシュラ災害後、初級冒険者のままでいようとする冒険者が急速に増えました」
「そう考えると、会社員にも当てはまるケースがあるように思えます」
「そうです。会社員の場合でも同じです。海外と違って出世しても給料は2倍、3倍にはなりません。せいぜい5000円のベースアップや、良くて1.5倍程度のベースアップです。なので、日本人の多くが力を持っていても弱者を装います。出世したがらない人が多く、本人が嫌がっているのに強引に出世させられたりする話は良く聞きます」
「補足します。ブラック企業や非正規雇用などの他の問題とは混同しないようにお願いします」
「シンさん、今日は解説ありがとうございました。頑張るほど報われて、本当の弱者に手が届けられる制度、難しいとは思いますが、政府の皆さんには期待しています」
その後、『弱いふりをする日本人』が流行語となった。
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