第104話
ダンジョンを放置したまま7月最後の日が来た。
錬金術師襲撃事件でダンジョン消滅の準備は整っていない。
ヒトミが作った武具やアイテムの値段が上がった事で、学校のみんなは武器のスペアを欲しがったり、回復カードを早めに手に入れようとする動きが出て来た。
ヒトミは生き生きと錬金術を行い、作ったそばからどんどん売れる状況が続いた。
夏休みなのにこんなに売れるのは凄い。
人は無くなると思えば買ってストックしておきたがるって言うけどこれほどとは!
俺は、教師を退職するアマミヤ先生を学校で待っていた。
先生は夏休みでも学校の仕事があり、真面目に学校で皆に勉強を教え、訓練の相談に乗っていた。
何人もの女性生徒と、男子生徒が玄関前でアマミヤ先生を待っていた。
「アマミヤ先生、今までお疲れさまでした」
「ありがとうございます、先生には助けてもらいました」
みんながアマミヤ先生にお礼を言った。
アマミヤ先生に告白しようとしている生徒もいる。
アマミヤ先生は車で学校に来ていた。
俺は前に出た。
「アマミヤ先生、レイカさんとの打ち合わせに遅れますよ。早く行きましょう」
これは俺が作った嘘だ。
流れに任せれば男子生徒や男性教員がアマミヤ先生に告白したりと面倒な未来が見えた。
俺はアマミヤ先生の手を引いて車の助手席に乗り、学校を出た。
「フトシ君、ありがとう」
「いえいえ」
「車を売る前に、最期のドライブをしてもいい?」
「いいですよ、行きましょう」
アマミヤ先生が素で話をしている。
少しだけ、ほっとした表情をしていた。
「アマミヤ先生、いや、先生じゃないか、アマミヤさんもなんか変な感じがする」
「いのりでいいわ」
「いのりさんは……違和感が凄いですね」
「私はもう教師じゃないのよ、それに、普通に話しましょう。いのりって」
「いのり……凄い!違和感が凄い!」
「慣れていきましょう。これからゆっくりと、それで、言いたいことがあったのよね?」
「はい、うん、いのりはこれからどうするの?」
「……少し疲れたわ。ゆっくりしようかしら」
多分、ユイと一緒にハザマに行ってユイを助けるだろう、でも、それ以外の時間はゆっくり休んでもいいと思う。
日本は教師を安く使い潰している。
学校でオール5を取って冒険者になれるようなアマミヤ先生が安く働いている。
イギリスとかだと教師はスペシャリスト人材難だけどな。
年金にお金を使って給食費や先生の給料を徹底的に削る、それが今の日本だ。
正確に言うと現役世代から下には厳しく、吸い取ったお金を老人に回し続けた結果老人の貰える年金までも減ったのが今の日本だ。
俺は運転するいのりを見つめた。
「いのり、食事に行こう」
「そ、そうね。行きましょう」
いのりは落ち着きがない様子で髪をいじりだした。
2人で食事に行った。
その後は荷物をアイテムボックスに入れて車を売り、歩いていのりのマンションに入った。
いのりは物を手放して心を落ち着かせようとしているように見えた。
「他に、何か捨てるものはありますか?」
「こまごましたものはあるけど、捨てるというより、このマンションを解約しようか考えているわ」
「え?引っ越しですか!」
「そうね、それもいいかも」
「そんな!遠くに行くんですか?」
「違うのよ、こんなに高いマンションじゃなくてもいいかなって」
「そ、そうなんですね」
いのりが俺にコーヒーを淹れてくれた。
「少し、シャワーを浴びたいわ。フトシ君は帰る?それとももっとお話しても大丈夫?」
「もうちょっと、話をしたい。俺の事はそこまで気を使わなくて大丈夫だから」
「うん、失礼するわね」
アマミヤ先生がシャワーに向かった。
そしてすぐ出て来て思い出したように下着と服を持ってまたシャワーを浴びに向かった。
シャワーの音が聞こえてドキドキする。
話をしたいと思っていたけど、シャワーの音を聞いているといけない事をしているような感じがしてくる。
いのりが出てくると、夏用の肩と太ももから下が見えるルームウエアを着ていてる。
いつものアマミヤ先生と違い、いのりが無防備に見えた。
「またコーヒーを淹れるわね」
俺はいのりを見ないように目を逸らした。
コーヒーがテーブルに置かれると、いのりが俺の背中に両手を当てた。
そして顔を背中につける。
「少し、疲れたわ」
いのりの言い方に心臓の鼓動が早まる。
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