第56話

 教室に戻るとユイと目が合った。


「ヒトミは寮に住むことになった」

「うん、そうなんだね」


 ヒトミの話をするとユイの表情が暗くなる気がする。


「……何かあったか?」


「ううん、全然、レンが中級レベル5になったよ」


 急に話が変わった?

 でも、レンが中級レベル5か!

 お祝いを自然に渡す事が出来る!

 俺はプレゼントの機会を待っていた!


「おお!遂にか!授業が終わったら2人でレンの所に行こう」

「そうだね」


 授業が終わると即ユイを連れてレンがいる教室に向かった。

 教室に入るとヒトミも話の輪に入ってきた。


「レン、中級レベル5おめでとう!」

「……フトシ、ありがとう」


 レンの様子がおかしい気がしたが嬉しくなって話を続けた。


「お祝いに回復カードを渡したい!」

「……そう言えばユイはベビーガーゴイルの魔石を欲しがっていたね?回復魔法を覚えたいんだったよね?」


 そう言いながらレンが俺にアイコンタクトをした。

 レンは中級レベル5に上がった……でもユイは!?

 ユイがランクアップした話は聞かない。


 回復カードをレンに渡そうとしたらレンは急にユイが回復魔法を覚えようとしている話を始めた。

 いつものレンならあり得ない。


 レンは、俺が自主的に回復カードをユイに渡すように持って行きたいんだ。

 試しに回復カードをユイの方に向けるとレンがアイコンタクトで『渡せ』と合図した。

 レンは人に気を使う。

 レンが提案すれば手柄を自分が奪う形になってしまう。

 俺が自主的に渡した事にしたいんだ。

 ユイは回復魔法ではないが、回復カードを使う事でみんなを癒せるようになる。

 そう持っていきたいんだ。


「1枚はレンに渡そう。って言ってもヒトミが頑張って作った物を貰っただけなんだけどな」

「気にしなくていいですよ。あげた物なので好きに使って欲しいです」


 俺は束ねたカードから1枚だけをレンに渡した。


「ありがとう」


 レンは俺が察した事を気づいて笑顔になった。


「それと、ユイ、本当はカッコよくベビーガーゴイルの魔石を渡せればよかったんだけど無いんだ。でも、回復カードなら渡せる。受け取って欲しい」

「わ、悪いよ」


 手を後ろに隠すユイの手を掴んで強引に回復カードを握らせた。

 両手で回復カードの束を握らせつつ壁に追い詰めながら言った。


「ユイ、レンもだけど2人には世話になっている。俺って鈍感だから、良くしてもらっているのに気づかない事もあると思う」


 俺は気づかない所で2人に助けられているんだろう。

 今だってテンションが上がり空気を読まず動いていた。


「ち、近いから」

「もし誰かが傷ついていても何も出来なかったら嫌だ。でも、回復カードがあればその未来を変えられるかもしれない。もしもレンが傷ついたらユイが回復カードを使って回復出来る!他のパーティーメンバーの命が助かるかもしれない!中級のハザマに行くなら回復カードは持っていてくれ!危ないんだって!」


 俺はユイを壁にに追い詰めながら語った。


「え、あ」


 ユイの顔が赤い。


「何も起きなければそれでいいんだ。でも、レンのランクが上がれば強いモンスターと闘う事も増える!ヒトミの作ったこのカードが役に立つかもしれないんだ!受け取ってくれ!」

「わ。分かったから!」


 ユイがカードを両手で持って顔を横に背けた。


「ありがと」


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!


 クラスのみんなから拍手が送られる。


「ありがとう!ヒトミ、回復カードを作ってくれてありがとう!」


 俺は素早く教室を出ていく。


「フトシ君、私があげたカードを全部渡しましたね?」


 しまった!


「えええ!ちょっと、フトシ、やっぱりもらいすぎだよ!」


 俺は後ろから聞こえる声を無視して教室を出た。

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