第55話

「中級錬金術師おめでとう!」


 俺は家のリビングでクラッカーを鳴らした。

 父さんと母さんがヒトミに拍手をしてヒトミが頭を下げた。


「フトシ君のおかげで、フトシ君が魔石を400個も貸してくれたおかげでここまで来れました!ありがとうございます!」


 テーブルにはケーキやフライドチキンなどが並び、まるでクリスマスのようだ。

 母さんを見るとガチでヒトミを娘にしようとしている。

 本当に女の子が欲しかったんだな。

 父さんの性格を考えると負担を減らすために2人目の子供を諦めた、そう感じる。


「貸すための魔石を用意できたのはハザマでゴブリン狩りに集中出来たからだ。父さんと母さんの力も大きいからな」

「ありがとうございます」


「フトシ、変わったな」

「どういたしまして。今日はフトシも大好きなケーキとフライドポテト、フライドチキンもあるわ。たくさん食べましょう」


「生活費のお金は真っ先にお返しします」

「それは最後にしましょう。借金には利子がつくわ」

「そうだぞ。真っ先に借金を返してくれ。マイナスの複利は即返すのが基本だ」


 父さんが真顔で言った。

 

「後で払う分、色を付けてお返しします」

「高校を卒業してからでいいのよ」

「高校卒業より早く返します!頑張りますよ」

「まずは借金の返済が終わってからだな。話はそれからだ。スキルを授かっても借金を甘く見てはいけない」

「はい、お父さん、ありがとうございます」


 ヒトミの手が俺に触れる。


「フトシ君にも感謝しているんですよ」


 まじめな話はもういいだろう。

 今日はおめでたい日だ。

 笑って過ごそう。


「いやあ~、それほどでも、あるかなあ~」

「フトシは調子がいい、ヒトミちゃんもこんな感じに生きていいんだぞ?中級錬金術師になれば仕事には困らない」

「真面目な話はもういいじゃない。ヒトミちゃんも、フトシも頑張ったのよ」


 そう、真面目な話はもういい。

 父さんは大事な話をしている。

 でも今だけは楽しもう。

 俺は立ち上がって踊った。



 調子に乗って踊り続けると母さんが「フトシの踊りを待っていたら料理が冷めちゃうわ。食べましょう」と言って乾杯を始めようとする。


「ちょちょちょちょ!乾杯するから!」


 俺はテーブルに走り乾杯に割り込んでまた踊る。

 今はこれでいい。

 薄っぺらくて良いんだ。


「フトシ、料理が冷めるわ。一旦食べましょう」

「ずいぶん体力がついたな。少しでも分けて欲しいくらいだ」

「フトシ君、かっこいいです!」


 俺は急にピタッと踊りをやめた。

 学校ならここで笑いが起きているはずだが受けなかったか。

 無言で食事を始めた。


「本当に体力がついたわねえ。汗を全く掻かなくなったわ」


 俺はフライドチキンを口に入れながらコクコクと頷いた。


「ヒトミちゃんとフトシはすっかり打ち解けたわね。まるで新婚の夫婦みたいね」

「はい!喜んで立候補します!育てていただいたご恩はお返します!」


 父さんと母さんがコクコクと頷いた。


「でも、ユイちゃんもフトシと合うと思うわ。フトシ、学校でユイちゃんとは仲良くやってる?」

「う~ん、レンとユイが付き合うんじゃ、ないか?」


「レン君とユイちゃんは付き合う感じじゃないでしょ」

「そうだな」


 そうなのか?

 学校では2人が付き合っていると噂されている。

 2人の本心はよく分からないのだ。


「最大のライバルですね」


 そう言ってヒトミはフライドチキンを口に入れた。




 次の日、学校に行くと俺とヒトミはアマミヤ先生に呼び出された。


「アオイ、寮の部屋が空いた」

「このままでいいです」

「気持ちは分かるが、そうはいかない。寮に戻ってくれ」


「でも!錬金術士は冒険者より足りています」

「確かにそうだ。だが、回復カードが不足している。国としては寮に住んでもらい、回復カードを納品させたい思惑がある。圧力があるんだ」


 錬金術師は冒険者より足りている。

 それでも冒険者よりは足りているだけで十分ではない。

 回復カードの需要は尽きないのだ。

 傷を負った冒険者が回復カードを使うだけではなく、安心の為にストックしておこうとする。


 更に不摂生で病気になった場合でも回復カードを使えば治る。

 だが、1度回復カードを使って病気が治っても不摂生をする者はまた病気になる、それの繰り返しだ。

 病気になる人の多くが年齢が高く数が多い。

 政治家は票を多く持っている老人を優遇しなければ選挙に落ちる。

 つまり、働く者に負担を負わせて老人に分配する仕組みは変えられない。


 政府としては冒険者には毎日働いてもらい魔石を納品してもらいたい。

 中級以上の錬金術師には毎日毎日遊ばせず魔力が切れるまで回復カードを作らせ続けたいのだ。

 回復カードの供給数を増やし、価格を安くしたい。

 要するに回復カードの暴落を狙っている。

 そして、安い回復カードを外国に買われるから需要が尽きない。


 様々な大人の事情が絡み合っていてヒトミはその仕組みを分かっている。

 変えられないと分かっているのだ。

 ヒトミの目から涙がこぼれる。


「う、うええええええん」


 アマミヤ先生がヒトミを抱きしめる。


「すまない」

「フトシ君、遊びに行きます」

「ああ、遊びに来てくれ」


「何度も回復カードを渡します!」

「もう何回か貰ったから」


「もっと渡します」

「でも」


 ヒトミの顔が俺に近づく。


 そして、ヒトミの唇が俺の言葉を封じた。


「ん、ぐう!」

「ん、あふ、ちゅる、んんん、あああ」


 舌が入って来る。


 動けない。


 動くことが出来ない。


 息が苦しくなるほどのキスが終わるとヒトミは走って行った。


「はあ、はあ……え?」


 キス、キスだよな?


「そろそろ授業の時間だ」


 先生は表情を消して言った。

 無かった事にしてくれているのか。

 俺も何も無かったように返した。


「そうですね。教室に行きます」


 俺は教室に向かった。




 あとがき

 過去回でレンパーティーの先輩を2歳上の先輩と書きましたが、1歳上の先輩に修正。

 2つ上だと主人公とレンが2年生になった瞬間に卒業してしまうからです。

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