第2話 殺せば勝ちだが、殺さなくても勝ち
「顔を覚えても意味ないよ? さっき言ったように外見もまるで別物になるからね。今の姿を記憶したところで、向こうでは無意味なんだよ」
少女は苦笑いで人差し指を立てた。
「続きだけれど、まず魂を奪われた人も地球に帰れます。生き残った一人しか地球に帰れないよー、なんてケチくさいことは言わない。全員帰還可能! なので、やられちゃったからって気落ちしないでね?」
少女は腕組みをして、自信満々に言い放った。
「さらに! モチベーションを上げるため、地球に帰還できたら全員に金銀財宝と超常能力をプレゼントだ!」
少女は右手を前に出した。
次の瞬間、突如として真っ白な地面に大量の札束が現れた。さらに宝石や金塊といったものまで転がり出る。
きれいに並べられた札束の絨毯のうえに、無造作に金塊や宝石の山が出来上がっていく。
「ただし! ゲームの有効期限は十年です。あ、異世界の単位でね? 私の世界の一年は四〇〇日だから、十年だと四〇〇〇日だね。そこは注意してね?」
金銀財宝の山の向こう側にいる少女は、そう言って屈託なく笑った。
「ゲームが終了しちゃったら当然、地球には帰れなくなるから。地球に帰りたいなら、自分以外の七人を殺して魂を奪いましょう」
そこで少女は何かに気づいたように、
「あ、奪うっていっても不意打ちとか騙し討ちとか、そういうのは駄目ね。きちんと『お前を殺して魂を奪う!』と宣言した上で決闘して殺すこと! そうじゃないと魂は奪えないからね」
少女は楽しそうにウインクをした。
「両者合意の上での決闘でなければ認めません! 相手の承諾を得られない決闘は決闘じゃないから! それ以外での死は、死亡地点から一五〇〇キロメートル以上離れた場所で自動復活します。あ、そうそう!」
少女は楽しげに手を打ち鳴らした。
「家族や友人知人のことは気にしなくていいよ? 過去ごと書き換えたからね」
なんでもないことのように、少女は言った。
「君たちは最初から存在しなかったことになってる。君たちが生きていた痕跡はいっさい残ってない。記憶も、記録も、なにもかも消去されて書き換え済み! 君たちが存在しなかったものとしてね」
当然、と少女は得意げに指を振った。
「家族も友人知人も、誰も君たちのことを知らない。話しかけても初対面の人だよ。かわりに彼らにはもっともっと幸福な人生になるよう色々とやってある。残される人々のこともちゃんと配慮してあります! ご安心ください!」
少女はにこやかに笑った。
「それと、君たちは向こうで一度でも出会えば、以降はお互いの居場所がわかるようになるから。この『出会えば』っていうのは、相手と自分との距離が一
少女は手を合わせて、かわいらしく首をかしげた。
「たとえ互いに相手の存在を認識していなかったとしても、『遭遇した』と見なされるから注意するように」
そこまで言ってから、少女は思案するような顔つきになった。
「まー説明はこれぐらいでいいかなー。ほかに何かあったっけ?」
少女は、かたわらの女に目を向けた。感情をいっさい感じさせない女。
少女がころころと表情を変えるのに対し、女はずっと無表情で黙っていた。あまりにも微動だにしないので、実は本当によくできた人形なのではないかと疑いたくなる存在だった。
「わたしとルーミュの勝敗」
女が口を開いた。抑揚のない言葉づかいだった。なんの感慨も込められていない。
「ああ、そういえばそれがあったっけ。ごめんごめん」
ルーミュと呼ばれた少女は、えへへと失敗をごまかすように微苦笑した。
「えーとね、帰還者が出ればトマーティアの――あ、トマーティアってこいつね」
ぽんぽんと無表情な女の腕を叩いてみせた。
「私はルーミュ」
少女は、自分を指さして愛くるしい笑みを浮かべた。
「さっきも言ったように、このゲームは時間制限つき。もしも帰還者が――つまり、十年以内に七人を魂を奪う者が現れればトマーティアの勝ち。帰還者なしなら私の勝ち!」
グッと少女は親指を立ててみせた。
「ま、そんなわけでがんばってね! おっと、ここから先はプライベートな情報になるから、八人それぞれ個別に説明と行こうか!」
その瞬間、まわりにいた人間が消えた。
残ったのは参加者のひとりである自分と、ルーミュと、トマーティアの三人だけだった。彼はしばらく唖然としていたが、やがて口を開いた。
「拒否権は?」
「あると思う?」
ルーミュは意地悪く笑った。
「ここで『辞退します』と言えば、あの定食屋のまえに、あるいは図書館へ向かう途中の道に戻れると、本気で思って質問しているのかな?」
「まさか」
彼は苦笑いで首を横に振った。それから息をつき、まっすぐに前を向いて、ルーミュを見据えた。
「で、何すればいいんです?」
「切り替えが早いのはいいことだね。じゃ、まずはこれ読んで」
彼女の手に一冊の本が現れた。
彼は受け取って、ぱらぱらとめくってみた。どの程度の分量なのか、ひとまず確認しようと思ったのだ。
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