女神の代理戦争 されど戦いは起こらず

笠原久

ルールのある世界

第1話 二柱の女神と八人の人間

 図書館へ寄ろうと、定食屋の角を曲がったら音が消えた。


 雑踏に響く喧騒も、車の音も、何もかもが消えてなくなっていた。かわりに真っ白い空間に放り出されて、見知らぬ二人の女と対峙していた。


 ひとりは二十歳ぐらい、人形のような女だった。


 背が高く、一七〇センチくらいあった。端正な顔立ちで、きらびやかな花かんむりをかぶっている。


 だが、ひときわ目を引くのは表情だ。感情らしい感情がなにひとつ浮かんでいない。無表情で、立ち居振る舞いもどこか人間らしさに欠けていた。まるで彫像のようだ。


 一方、もうひとりは正反対だった。


 生き生きした表情を浮かべ、ハミングでもするように楽しげに体を揺らしている。小柄な少女で、人形のような女より二十センチくらい背が低い。


 彼は最初、十二歳ぐらいかと思った。しかし、子供と呼ぶにはあまりにも体が成熟していた。


 というより、隣の女もそうだが、二人とも体つきがかなり独特だった。どちらも細身である。といって、肉がついていないわけではない。


 むしろ筋肉によって体は引き締まり、そこに程よく脂肪がついて、女性らしいやわらかな印象を与えるような体型だった。


 特になによりも目を引くのは乳房である。正面から見ると、二の腕が隠れるくらいにふくらんでいて、ものすごいボリューム感だった。


 いや、胸ばかりではない。太ももとお尻もかなり大きいのだ。といっても太もものほうはお尻と連動して大きいだけのようで、膝に近づくほどどんどん細くなっているが。


 両者とも、ぞっとするほどの美貌である。


 よくよく観察してみれば、髪のなめらかさ、肌のきめ細かさなど、だいぶ人間離れした容姿だった。胸にしても、あれほどの大きさならばもっと垂れていそうなものだが、まったく垂れていない。


 どうにも、と彼は思った。


 この二人と「人間」というイメージが結びつかない。生き物らしさを感じないのだ。といって、人工物とも違う。初めて受ける印象で、本当に異様な二人組だった。


 人形のような女は白い服を着ていたが、それは服というより体を隠すための布切れに見える。


 裸では不都合なので、そのへんにあったシーツを適当に体に巻いただけのような――肌さえ見えなければよいと言わんばかりである。布地は恐ろしく薄手で、体の線がくっきりとわかった。


 一方、小柄な少女の衣服は露出が多い。


 太ももや肩はもちろん、へそも丸見えで、布で覆われている面積のほうがはるかに少ない。まるで下着か水着のようだ。できるだけ肌を隠そうとしているらしい女のほうとは対照的だった。


 だが、なによりも異様なのは頭部と背中だ、と彼は思った。


 小柄な少女の側頭部には、白鳥のような羽があった。手と同じくらいの大きさで、この白い羽は少女に合わせて少しだけ動いている。本当に――直に生えているように見えた。


 そして、もっと異様なのは背中に生えている大きな白い翼だ。両翼を合わせると、大きさは少女の身長の倍以上はあるだろう。大きな翼は、動くたびにばさばさと大きな音を立てた。


 とうてい作り物には見えなかった。


 状況を確認しようと、彼は周囲に目を向けてぎょっとした。いつの間にか、自分の隣に見知らぬ男女がやって来ていたのだ。


 相手もはじめて自分以外の存在に気づいた様子で、まわりの人々を見てぎょっとした顔を浮かべていた。


 彼らは一様に、どうして自分たちが今こんな状況に置かれているのかわからないといった様子で不安げに周囲を見まわした。


「じゃあ今から説明をはじめるよ」


 互いに声をかけようとしたところで、一足先に少女が口を開いた。頭から羽の生えているほうだ。彼女は楽しそうに人差し指を立てた。


「君たち八人をこの場に呼んだのは、とあるゲームに参加してもらうためです」


 不思議な声だった。


 さほど大きな声ではないのに、はっきりと耳に入ってくる。それどころか、少女の言葉は頭の芯に直接響いてくるかのようだった。


「ルールは簡単! まず地球の男女八人、つまり君たちのことだね」


 少女は順繰りに八人を見た。


「君たちを異世界に転生させて、姿も能力も全部変えます。そして、自分以外の七人を殺して魂を奪えば地球に帰れます」


 反射的に、互いの顔を確認した。

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