歌が呼ぶ

不安と期待。

混ざりあうことなく、並んで在る。


カウナの街並みを眺めつつ、ライラはなんとなくそう思った。

白い壁と、赤い屋根が並ぶカウナの街。

自分の想いに寄り添っている気がした。



「馬車を使えばいいのによ」



ブラムが面倒臭そうに言った。

ライラは目端にブラムの顔を映し、小さく笑う。



「たまには歩きたくなったのですよ」


「すぐ疲れるくせに、なに言ってやがんだ」


「その時は、負ぶってください」


「嫌に決まってんだろ、めんどくせえ」


「ひどいなあ」



ライラは笑いながらカウナの街を歩く。

ふたりが行く道は、商店通りであった。

カウナの商人たちだけでなく、各地の人々が集まる場所だ。

その賑やかさをくぐって、ライラはマーウライの家を目指していた。


マーウライは領主の息子であるが、今は普通の部屋を間借りして暮らしているらしかった。

ライラは不思議に思ったが、代々カウナの領主の子はそうしているのだという。



「商人の見習いとして修行して、衣食住も自分で稼いで整えるとか……けっこう厳しいですね」


「どっかの誰やらには出来ねえことだな」


「否定できませんねー」



ライラは苦笑いする。

たしかに自分には出来そうにないことだと思った。

いや、そうするつもりもないからこそ、「お金に困らない力」を願ったのだが。


そうこう話しているうち。商店通りの端に辿り着いた。

先ほどまでの賑やかさも、ぱたりと無くなっていた。



「この辺りか、マーウライの家は」



ブラムが辺りを見回した。

ライラは頷き、手元の紙を覗く。

紙には、手描きの地図が描かれていた。

丁寧に描かれた地図には、商店通りの端からもう少し歩いたところに印が付いていた。



「客はいねえが、荷馬車が多いな」


「そうですね、忙しそうですね」


「轢かれんじゃねえぞ」



ブラムがライラを指差して言う。

「子供じゃないんだから」と、ライラは頬を膨らませてみせた。

そうして、視線を前へ送る。


あと少し。

目の前の十字路を曲がれば、マーウライの家が見える。

ライラは不安と期待を抱きながら、ほんの少し、顎を引いた。


こうして歩いている間も、ライラはマーウライとの今後を考えていた。

恋仲となるべきか。思い直して、友のままでいるべきか。


恋仲になるとしても、深くは踏み込めない。

いつでも別れられるよう、ライラは多くのことを隠しておかなければならない。

マーウライを真に信じれるときまで、せめて不老であることだけは隠さなければ。


そう考えている最中。

ふと、囁き声のような音が聞こえた。

音の出どころは、ライラの肩の上。ペノであった。

言葉として聞き取れない、不思議な歌を歌っていた。



「まあ、バレて最悪の事態になったとしてもよ」



ペノの囁く歌を掻き消すように、ブラムの声がひびいた。



「かなり遠くに逃げて百年ぐらい静かに過ごせばいい。そうすりゃ、覚えている奴はいねえよ」


「……それも悲しいですが」


「慣れたもんだろ」


「……まだ慣れてませんが」


「めんどくせえな。とっとと慣れておけよ」



ブラムがライラの背を叩く。

ライラは再び頬を膨らませ、とんとんと、跳ねるように前へ飛んだ。

そうして、くるりと翻り、ブラムを睨む。

すると突然、ブラムの顔色が変わった。


怒っているような。驚いているような。睨んでいるような。

どうしてブラムが睨み返してくるんだろうと、ライラは一瞬、訝しんだ。

しかし次の瞬間。

ブラムの表情を変えさせた理由が分かった。


いつの間にか十字路に飛びだしていたライラ。

左右の道から同時に、馬車が飛びだしてきていた。

いや。飛びだしたのは、自分か。



(あーあ。やってしまったな)



眼前に迫る馬車。

ああ死んだかもと、ライラは心の内で苦い顔をした。


その間も。

不思議なことに、ライラの肩に乗っていたペノは歌いつづけていた。

何事も起こっていないかのように。

いや。

何事かが起こると分かっていたように?



「ライラ!!」



ライラの疑念を吹き飛ばすように、声がひびいた。

ブラムの声。視界には映らなかった。

必死そうな声だなと、ライラは苦笑いした。




 ◇


   ◇


     ◇

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