放浪編 カウナに流れる恋三つ

百五十年ぶりのカウナ


カーテンの隙間。

光が覗き見ている。


覗き返していると、ゴトリ。

ベッドが大きく揺れた。



「目が覚めた?」



寝惚けたライラの頭の横で、ペノの声が聞こえた。

ライラは眉根を寄せ、顔をペノに向けた。



「……起き、ました」


「家馬車の寝心地はどうだい?」


「……良いような悪いような」


「乗り物酔いが治ったわけじゃないもんねえ」



ペノが笑い、とんと、窓へ飛び移った。

小さな身体で、器用にカーテンを開けていく。

ちらちらと覗き込んできていた光が、一斉に寝室へ飛び込んできた。

ライラは目を細め、無意識に顔を伏せた。


光に照らされた身体の下。

柔らかなベッドが目に映る。

ベッドの傍には、お気に入りの小さなランプ。

壁際には装飾が施されたテーブルと椅子。

そのテーブルの上にも、カーテンからこぼれでた光が踊っていた。



(……ああ、これが馬車の中だなんて)



夢みたいだと、ライラは思った。

本当に、乗り物酔いさえなければ素敵な馬車の旅なのにと、苦笑いした。

家馬車など、王侯貴族ですら持ってはいないだろう。

この馬車は間違いなく、この世界で最高の乗り物だ。



「起きたのかよ、ライラ」



寝室の外から、ブラムの声が届いてきた。

ささやかな優越感に浸るライラを引っぱたくような、無粋な声。



「今、起きましたよ」


「そうかよ」


「何か用ですか?」


「いいや。目的の街が見えてきたって言おうと思っただけだ」


「それは早く言ってくださいよ!」



ライラは跳ね起き、窓の外を覗く。

昨日までの、なにもない風景とは違っていた。

ちらほらと小さな家や畑が見えた。


ライラは急いで着替え、寝室を出た。

寝室の前には短い廊下と、廊下を挟んでクローゼットがある。

廊下を御者台の方へ進むと、前室ともいうべき座席の部屋があった。

座席にはブラムが座っていて、顔を出したライラをじろりと睨んでいた。



「ずいぶん寝てやがったな」


「起きると乗り物酔いが酷くなって、馬車を止めることになりますからね」


「まあ、そうだな。どちらにしても良いご身分なこった」


「そんなことより、街が見えたって言いましたよね」



ライラはブラムから目を背け、前方の窓に目を向ける。

窓の外に、大きな街が広がっていた。

赤い屋根と白い壁を基調にした、カウナの街だ。



「カウナ。久しぶりに来ましたね。街の景色は変わってないです」


「百五十年も経ったのに、なんで大して変わってねえんだ?」


「それが良いんじゃないですか?」


「どうだかな」



ブラムが険しい表情を見せた。

何も変わらず、時が経っていないように見えるのは、良いことばかりではない。

古い伝統と共に、古い記憶も残しているかもしれないからだ。

百五十年ほど前。ライラたちはカウナで羽振りの良い生活をつづけていたことがある。

街の記録に残っていないとは言い切れない。



「前にここで使ってた偽名は使わねえほうがいいかもな。念のためによ」


「まあ……心配はいらないと思いますけど、そうしましょうか」


「そうしておいてくれよ」



ブラムがライラを指差し、念を押す。

ブラムはライラのことを、トラブルの種だと思っているのだ。

否定はできないなと、ライラは思うのだった。

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