商いの聖地


街に近付くと、賑やかな音が聞こえてきた。

多くの人々の声も混ざりあい、跳ねている。

「相変わらずの賑やかさですね」と、ライラは懐かしむようにして窓の外を覗いた。


カウナは、交易が盛んな街であった。

西にパーウラマ地方、北西にバラス地方があり、多くの品と人が流れてくるからだ。

北にはエルオーランドの中心ともいえる、クローニル地方もある。

そのためカウナは、客に困ることのない商人の聖地とも云われていた。



「ようやくのご到着ですね」



カウナの中央にある邸宅前。

アテンとグナイが、ライラたちを出迎えてくれた。

ふたりはとうの前にカウナに着いていて、目の前の邸宅を購入してくれていた。

ライラはアテンの手を取ると、すぐに遅れてしまったことを謝った。



「ところで、これはまた。ずいぶんと立派な馬車ですね」



グナイが目を丸くして言った。



「途中で馬車が壊れたのです」


「だから遅れたわけですかい?」


「遅れてしまったのは、ちょっと観光をしていたからで……」


「ははあ。そういえば南の方で大きな祭りがあったとか……そういうわけですね」



グナイが苦笑いして、南方を見た。

どうやらカナンでも知られているような祭りであったらしい。

「美味しいものも食べてきました」と告げると、傍にいたアテンが悔しそうにライラを睨んだ。



「これはライラ様。私たちへのお土産はありますか?」


「もちろん買いました。日持ちしそうなお菓子を。あとで二人で食べてくださいね」


「さすがライラ様! わかってらっしゃる!」



アテンが跳ねるようにして喜ぶ。

ライラはふたりにお土産の菓子を渡し、ふたりが用意してくれた邸宅に入った。


ライラの新しい邸宅は、アイゼの邸宅よりも少し広かった。

白い壁と、赤い屋根。カウナの特徴から外れることなく、美しい。

庭も、内装も、丁寧に整えられていた。

特に内装は、ライラの好みを分かったうえでの家具が揃えられていた。



「ありがとう、アテン、グナイ」


「気に入っていただけてなによりです」


「庭も少し見ていいですか?」


「もちろんです、ライラ様。私は馬車を車庫に誘導しておきます」


「ええ、宜しくお願いします」



ライラはアテンに礼を言う。

にこりと笑って馬車へ駆けていくアテンを横目に、ライラは邸宅の庭へと足を運んだ。


庭はもまた、アイゼの邸宅の庭よりも広かった。

目に付くところは丁寧に刈り込まれていた。

しかしまだ途中であったのか、邸宅内から見えないところは、少し荒れていた。



「なんだかお貴族様が住むような家だねえ!」



ペノが目を輝かせながら言った。

たしかにそうかもしれないと、ライラは頷く。

これほどの豪邸に住むのは、ずいぶん久しぶりのことであった。



「せっかくだから爵位も買ってしまいましょうか」


「買ったら、記録が残っちゃうけどね!」


「……それさえなければ、本物のお姫様になれそうなのに」


「ライラでも子供みたいな夢を語っちゃうことがあるんだねえ」


「でもってなんですか、でもって」



ライラはペノの両耳を摘まみあげる。

次いでボサボサの植木に向かって放り投げた。



「お前、お姫様になりてえのかよ」



話を聞いていたブラムが、目を細めて言った。

ライラも目を細め、ブラムを睨む。



「本気で望みはしませんけど、夢みたいなことを想ったりはしますよ」


「っは。王子様と結婚したいとか、そういうやつかよ」


「それもいいですね」


「良くはねえだろ。三百歳の婆さんがよ」


「……殴りますよ」



ライラは拳を握り締め、ブラムの脇腹を打つ。

油断していたのか。ブラムが息苦しそうな顔をして身体を揺らした。

その様子を見て、ライラは弾けるように笑った。


庭の散歩を終えると、アテンから声をかけられた。

アテンは邸宅の敷地の門にいた。

近寄って見ると、アテンはひとりではなく、少年と一緒にいた。



「その子は誰です?」



ライラは首を傾げる。

隣にいたブラムも、警戒するように首を傾げた。



「領主様のご令息だそうで」


「カウナの領主様の?」


「そのように仰っています」



そう言ったアテンが、少年に向かって頭を下げた。

ライラも釣られて、少年に向かって恭しく頭を下げた。

本当に領主の令息ならば、無礼があってはならない。

万が一嘘を付いていたとしても、頭を下げることで減るものはない。



「初めてお目にかかります。私はエルナと申します」



ライラは品良く頭を下げながら、流れるように偽名を語った。

傍にいたブラムが小さく笑ったような気がしたが、気にしない。



「……あ、ああ」



領主の令息らしき少年が、声を震わせた。

先ほどまでの落ち着いた雰囲気とは違う。

石のように固まるほど緊張したような声だと、ライラは思った。


ライラは顔を上げ、領主の令息らしき少年を見る。

少年は、十歳を少し超えたくらいの、可愛らしい顔をしていた。

透き通った瞳で、ライラをじっと見つめていた。

顔を上げたライラと目が合うと、しばらくの間を置いて、少年が目を逸らした。



「あの……えっと、なにか」



ライラは首を傾げる。

すると少年がぱっと顔を上げた。



「い、いや! なんでもない!」



少年が顔を真っ赤にして、大声をあげる。

そうしてライラから距離を取り、十歩ほど離れて敷地の外へ出た。

ライラは不思議に思って再び声をかけた。

しかしその声にも少年が驚き、再び数歩距離を取った。

やがてなぜか、逃げるようにして去っていった。



「……え、えええ、……どうして」


「すげえ勢いで逃げていきやがったな」


「な、なんで……」


「中身が婆さんだって気付いたんじゃねえか?」


「……ブラム。殴られ足りないのですか?」


「そういうところもあるから逃げたんじゃねえか?」


「……えええ、そんなあ」



ライラはがくりと項垂れる。

ペノとブラムが、慰めるようにしてライラの肩を叩くのだった。

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