知らぬが仏
村を発つ日。
村長をはじめ、多くの村人がライラたちを見送りに来た。
木こりの老夫も見送りに来て、ライラに礼を伝えた。
「ワシの家まで気遣ってくれて感謝する。おかげで魔物に壊されずに済んだわ」
「こちらこそ、荷物を預かってくれて感謝します」
「はは。ずいぶんな大荷物だったが、その馬車ならまだ余裕がありそうだな」
「ええ。そのための家馬車ですから」
「家馬車か。はは、たしかにこいつは家だわな」
老夫が笑いながら家馬車を見上げる。
普通の馬車とは違う、異様な大きさ。
中では立ち歩けるほどの高さがあるのだから、当然か。
改めて見ると、確かにやりすぎたかもとライラは思った。
見送りに来てくれた人々に挨拶を済ませ、ライラは馬車に乗りこんだ。
つづいてブラムも馬車に乗る。
ブラムにはなぜか、村の若い女性たちが見送りに来ていた。
滞在期間が短かったためか、無骨なブラムに好意を持ったらしい。
外見だけは美男だからなと、ライラはそっぽを向いた。
「ブラム。この街では演技してなかったのに、ずいぶん好かれたのですね」
「ああ? まあ、けっこう働いたからよ。目立ったかもしれねえな」
言われてみればそうかもと、ライラは眉を上げた。
村に必要な物を集めてきただけではない。
廃材の片付けから大工仕事までこなしていたのだ。
しかも魔族であるから、人間よりも体力がある。
休みなく働いていれば目立ちもするだろう。
それが美男なら、尚更だ。
「お前のことも村の男どもが噂してたぜ」
「どんな噂ですか?」
「お嬢様なのに怪我人の手当てをしてくれる天使だの、村を助けてくれた女神だの、とにかく馬鹿みたいな噂だ」
「悪い気はしないですね」
「中身を知らねえってのは幸せだな」
「お互い様ですね」
「違えねえ」
ブラムが苦笑いする。
それを合図に、御者が馬を走らせはじめた。
ゴトリと。重量感のある音が車内にひびく。
ライラの家馬車が八頭の馬に曳かれ、走りだす。
職人の腕が良かったのか。車内はさほど揺れなかった。
椅子の座り心地もいい。
「これで寝室まであるなんて、最高だと思いませんか?」
ライラは後方の寝室に目を向け、微笑んだ。
ブラムも釣られて振り返り、肩をすくめる。
「そうだな。俺の寝室が用意されてねえってところが、お前らしいよな」
「だって、ブラムは何処でも寝れるでしょう?」
「そりゃあそうだが、気遣いってもんがあるんじゃねえのか」
「私が寝ている間は、ここを自由に使っていいですよ」
「っはー。そいつは嬉しいねえ。涙が出らあ」
顔をしかめたブラムが、大袈裟に両手を上げた。
その仕草を真似するように、ペノも前足と両耳を上げる。
ライラは双方を無視して、寝室に向かった。
揺れる馬車の中で歩くのは、意外と難しかった。
加えて、かすかに乗り物酔いが迫ってきている気配がした。
ふらつく身体を押して、ライラは寝室に入った。
寝室は質素で、飾り気はまったく無かった。
しかしベッドだけは別であった。職人の腕を感じさせる高級品である。
ライラはごろりと、ベッドに寝転がった。
柔らかな綿。ふわりとライラの身体を包みこむ。
「さあ、この部屋をどう飾ろうかな? 楽しみだなあ」
ライラは大きく伸びをしながら、声を躍らせた。
すると、一拍置いて。
壁を挟んだ前室から、ブラムとペノのため息が聞こえてきた。
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