山獅子
『……聞こえるかい、ご主人様』
不意に、ロジーの声がライラの頭の中で鳴った。
その声はライラにだけ聞こえているらしい。
ライラを背負っているブラムが、ロジーの声に反応することはなかった。
「聞こえています、ロジー」
『それは良かった。魔法で声を届けているんだ。俺はこれから、空の上からご主人様を誘導するよ。準備はいいかい?』
「いつでも構いません」
『なら、始めよう! クアンロウはご主人様の位置から北西側にいる!』
「じゃあ、餌をちらつかせるために、そっちへ行けばいいですね?」
『そういうこと! 美味しそうなふりをしてくれよ!』
そう言ったロジーの声が、ぷつりと聞こえなくなった。
ライラは少し苛立ちを覚えたが、ぐっと堪えた。
ブラムに北西へ向かうよう指示をする。
黙って頷いたブラムが、風のように駆けはじめた。
ライラは縛りつけられてはいたものの、振り落とされそうな気がしてブラムに抱きついた。
「しっかり掴まってろ」
「わ、分かりました」
ライラが答えた直後、ブラムの駆ける速度がさらに上がった。
鍛えているから速いなどという次元ではない。
明らかに魔法を使って、速度を上げていた。
途中。ロジーから何度も、駆ける方向の指示を受けた。
クアンロウもまた、どこかへ移動しているらしい。
そのたびにブラムは細かく方向を変え、駆けた。
やがてクアンロウがいるらしい場所へ近付く。
ロジーの指示を受ける直前、ブラムの足が止まった。
「……いるな」
「クアンロウ?」
「たぶんな。ロジーはどう言ってるんだ?」
「えっと……、あ……、うん、もう目の前にいるはずだって」
「そうかよ。じゃあ、静かにしてろ。ゆっくり近付くからよ」
ブラムが小さな声で言った。
ライラはブラムの背で、黙って頷く。
頷いた振動を感じ取ってか、ブラムがゆっくりと進みはじめた。
ライラの目には、クアンロウの影も形も映っていなかった。
ところがブラムと、ライラの肩にいるペノには、クアンロウの居場所がはっきりと分かるようであった。
なにかをじっと見据え、進んでいる。
ライラは悔しくなり、目を細めて森の奥を覗いた。
「もうすぐ、ライラでも見えるよ」
ペノが笑いながら言った。
ライラは驚きと恐れを同時に抱く。
先ほどまでの悔しい想いが、霞のように消えていった。
「ライラ。あそこだ」
ブラムが前方を指差した。
その指の先。生き物の影がふたつ。
「……あれが、クアンロウ……?」
「らしいな」
ライラとブラムが同時に息を飲む。
森の中を力強く歩く、巨大な魔物。
クアンロウの身体は、人間の身体の三倍以上はあった。
頭は細長い山羊のようで、顎から蛇のような別の生き物が生え出ていた。
身体は細長い獅子のようで、地面をとらえる四つの足には長い爪があった。
クアンロウの額は、淡く輝いていた。
頭を軽く動かすと、額の光が少し強くなった。
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