その背に預けて


「……怪物すぎません?」


「そりゃあ、魔物だからな」


「あんなのが、八匹もいるの?」


「俺も正直、ちっとビビってるところだ」


「ですよねー……」



ライラは声をこぼす。

声を通した喉がひっくり返り、引き攣ったような気がした。

その緊張が漏れ出たのか。

クアンロウの目が、ライラたちへ向く。



「さあ釣れたぞ!」



ブラムが大声をあげ、翻った。

その声と素早い転進に、ライラは絞ったような声をあげた。



「はは! 婆さんの潰れた声がお気に召したらしいぜ! しっかり付いてきてらあ!」


「婆さんって言わないで!」


「っは! 舌噛まねえように気を付けろよ! 速度を上げるからよ!」


「え、ちょ、う、わっ!」



ブラムの駆ける速度が一気に上がった。

クアンロウを捜していたときの速度とは、まるで違う。

あまりの速さに、ライラはしばらく息が出来なくなった。


そんなライラをよそに、クアンロウが追いかけてくる。

目に見えるだけで、五匹。

奇妙な鳴き声をまき散らしながら、真っ直ぐにブラムとライラを追ってきていた。



『ちゃあんと八匹、ご主人様を追っているよ!』



ようやく息が出来るようになったライラに、ロジーの声が届いた。



「私からは見えないけど」


『俺が見てるからご安心! いや、でも、妙だ? 二匹ほど、少しズレて走ってる』


「どういうこと?」


『分からないな。あ、いや、待てよ。そうか。奴らは馬車を狙ってるんだ!』


「馬車? どうして??」


『ご主人様の匂いが残ってるからじゃない??』


「そんなに女好きな魔物なの??」



ライラは頬を引き攣らせる。

するとロジーの笑い声が頭の中にひびいた。

聞こえていないはずのブラムとペノも、愉快そうに笑う。



『馬車はとりあえず爺さんの家から離すよう御者くんに言っておいた。安心しておくれよ!』


「……でも、馬車が襲われることに変わりないのでは」


『避けられない未来だ、ご主人様! 一緒に馬車のご冥福を祈ろう!』



そう言ったロジーが、どこかで聞いたことがあるような祈りの歌を口ずさむ。

ロジーの歌声にライラは苛立ったが、黙っておいた。

やがてロジーから、馬車が壊されたという報告を受けた。

幸い、御者に怪我はないらしい。



「馬車を壊したクアンロウは、こっちに戻ってくる?」


『ご明察! 順調に戻ってるよ!』


「あと、どれくらい逃げればいい?」


『あと五倍は走ってほしいな。森の端の方で仕留めておきたい。被害を小さくしたいからね!』


「分かりました。……ねえ、ブラム。あと五倍は走ってほしいって」


「そうかよ。じゃあ、途中で追いつかれちまうな」



ブラムが息苦しそうにして言った。

余裕で走れるのかと思っていたが、やはり難しいらしい。

魔法を使って走っているのだから、当然か。



「ブラムが立ち止まって息を整えるときは、私が魔法道具で牽制しますよ」


「そいつはありがてえな」


「でも、長くは止められないと思います。たぶん、十秒くらい」


「思ったより長く休めそうで涙が出るぜ」


「でしょう?」



ライラは意地悪そうに笑って言う。

しかしライラの細い身体は、情けなく震えていた。

ブラムを信用してはいるが、恐いものは恐いのだ。


その震えは、間違いなくブラムに伝わっている。

恥ずかしいなと、ライラは思った。

ところが、ブラムが何かを言ってくることはなかった。

揶揄いもせず、ただ駆けてくれた。



「ライラ。魔法道具を用意しておけ」



ブラムが息を切らしながら言った。

ライラは息を飲み、間を置いて、頷く。



「……分かりました」


「五秒でいい。足止めを頼む」


「頑張る」


「任せたぜ」



そう言ったブラムの足が、失速していく。

追いかけてきていたクアンロウが、一斉に姿を現した。

全部で八匹いるか。数える暇はない。


ライラはすぐさま魔法道具を両手に持った。

右手の魔法道具を掲げて、力を込める。

すると魔法道具から強烈な光が放たれた。

森の中が白一色になるほどの光。

目を開けても閉じても、白以外になにもなくなった。

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