薄暗闇の中の、手


以前よりも、深く、暗く見える森の入り口。

最初に訪れた時は、ごく普通の森であったというのに。

今では魔界への入り口のようだと、ライラは思った。

心なしか、空まで薄暗くなっている気がする。



「緊張しすぎじゃない?」



ペノが揶揄うように笑い、長い両耳を左右に振った。

ライラが振り払うまで、頬に耳を打ちつけてくる。



「だって、私。戦う力なんてないんですよ」


「不老だけど、不死じゃないしね!」


「こんな中途半端にしたのは誰ですか?」


「適当にお願いをしたライラのせいだよね?」


「……そうでした」



ライラはがくりと項垂れる。

直後、馬車の中が暗くなった。

森の中へ入ったのだ。

生物の色濃い気配が、しとりと肌につく。


馬車が駆けるにつれ、息苦しくなっていく気がした。

ライラは両手のひらを合わせ、ぐっと握る。

すると、ブラムの大きな手がライラの手を掴んだ。

大きな熱が、冷たくなっていたライラの手を温めた。



「鬱陶しいから緊張するんじゃねえ」


「だって」


「きっちり面倒見てやるからよ」


「……うん」



ライラは頷いて、温まっていく自らの手を見た。

ブラムが手を離しても、ライラの両手は温かいままであった。

顔を上げると、暗く見えていた森の中が、ほんの少し明るくなった気がした。


やがて、木こりの老夫の家に着く。

家の木戸を叩くと、老夫が顔を見せてくれた。



「話は聞いているが、お嬢さんたちが来るとはな」


「ご迷惑にならないよう、気を付けます」


「気にせんでいい。怪我をしないよう、いや、無理をしないようにな」


「そうします。おじいさんも、しばらくだけ息を潜めておいてくださいね」


「そうしておこう」



老夫が素直に頷いた。

そうして、森の奥底を覗くように目を細める。

いったい何を見ているのかと、ライラも森の奥を見た。

しかし何も見つけることは出来なかった。



「お嬢さん、今日は運が良い」



老夫が、ぽつりとこぼした。

ライラは首を傾げ、老父を見た。

老父はライラにそれ以上何も言わず、家の中へ戻っていった。



「……どういうことでしょうか?」



後ろ手で閉められた木戸を見て、ライラは再び首を傾げた。

ブラムが肩をすくめ、両手のひらを上げる。



「さあな。じいさんのことなんざ、俺には分からねえ」


「応援してくれているのかも……? とりあえず、頑張りましょう!」


「頑張るのは、お前を背負って走る俺だがな」



ブラムが苦笑いし、しゃがみ込んだ。

ライラはブラムの背に掴まる。

乱暴に走っても転げ落ちないよう、御者がライラとブラムを縛り付けた。

「骨張って痛え」と言うブラムを、ライラは後ろから引っ叩いた。

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