泥の内より、花
服を買ったあと、ライラは井戸水で身体を洗おうとした。
しかし井戸水はあまりに冷たかった。
覚悟を決めて水をかぶったものの、ライラは思わず悲鳴をあげてしまった。
「あ、あんた! そんなことしちゃあ風邪ひいちまうよ!」
近くでライラを不思議そうに見ていた女が、目を丸くし、叫んだ。
すぐさま震えるライラの手を掴み、井戸の傍にあった家へ連れ込んだ。
家に入るや、女が湯を沸かしはじめる。
きょとんとしているライラから葉っぱをむしり取り、身体を湯で温めてくれた。
ついで、親切にもライラの全身を洗うことまで手伝ってくれた。
ライラの身体は驚くほどに汚れていて、湯を何度沸かしても足りないほどであった。
髪の毛に至っては土で固まっていた。髪を傷めずに洗うには長い時間を要した。
「ずいぶんひどい姿だったけど、見違えたねえ」
陽が傾きはじめたころ。
全身の泥を落としたライラの姿を見て、女が驚きの声を上げた。
ライラは細身で容姿の良い少女であった。
髪は赤みがかった黒。泥を洗い流したことで、腰まで届く美しい長髪がふわりと揺れた。
「本当にありがとうございます」
「いいのよ。まあ、ずいぶん薪を使っちまったけどねえ」
「……それは、その、本当に申し訳なく……」
ライラは俯く。
薪がどれほどの値段か分からないが、あれだけ湯を沸かすことなど滅多にないに違いない。
恐らく数日分の薪を使わせてしまっただろう。
しかし、ふと。
ライラは自らの手を見た。
(もしかしたら……)
手の中からまたお金が出せるのではないか?
さきほどの服屋で、服を買ったときのように。
そう考えたライラは、意を決して手をぎゅうっと握ってみた。
使わせた薪を思い浮かべ、その代金を想像する。
すると手の内に何かを握りしめたような感覚を覚えた。
ライラは自らの手を広げる。手のひらに、銀貨が二枚乗っていた。
(やっぱり、そうなんだ!)
ライラは確信した。
これこそ、ウサギがくれた「お金に困らない力」なのだ。
どうやら買いたいものに対して、必要な分だけのお金が現れるらしい。
ライラは女に深く礼をして、銀貨を手渡そうとした。
女は「多すぎる」と言って固辞したが、ライラは再三頭を下げ、無理やりに銀貨を押し渡した。
薪代だけでなく、その日の予定をライラに使わせてしまったからである。
「何か困ったことがあれば、またいらっしゃい」
別れ際、女がライラの黒髪をそっと撫で、送りだしてくれた。
ライラは感謝の言葉を伝え、女の家を去るのだった。
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